Monday, January 31, 2022

新ドイツ語大講座 訳読編

関口存男著「趣味のドイツ語」は中級者向けの解説書で、そのうちの読解にかかわる部分のみをこれまでデジタル化して来た。関口の解説はかゆいところに手が届く優秀なもので、ドイツ語の感覚を身につけたかったら一度は読んでおくといい。ただしドイツ語と英語を比較する部分は、皮相的と言わざるをえない。英独を比較して学びたいのであれば、英語かドイツ語で書かれた参考書を読むに限る。

今年は次回から「新ドイツ語大講座」第二巻の訳読編をデジタル化する。「趣味のドイツ語」と「大講座 訳読編」を通読しておけば中級の学習には大いに役立つはずである。古い「ドイツ語大講座」にも訳読編があるのだが、読んでみたところ、テキストに誤植が散見された。これを訂正して文字に起こそうかとも思ったけれど、手間がかかるのでどうしようか迷っている。

Saturday, January 29, 2022

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著

應用英文解釋法

東京英文週報社發行


(p. 221-226)


範例

I

He tried to collect himself.

彼は自分を落ちつけようとした。

II

He tried to collect his senses.

He tried to collect his scattered senses.

He tried to collect his wandering senses.

  Etc.   etc.

彼は(亂るゝ)心を落ちつけようとした。


解説

I

To collect (gather) oneself.

己を集む。

II

To collect (gather) one's wits.

To collect (gather) one's ideas.

To collect (gather) one's senses.

To collect (gather) one's feelings

To collect (gather) one's emotions.

To collect (gather) one's faculties.

To collect (gather) one's thoughts.

  Etc.   etc.

己の思想、感覺、能力等を集む。

I & II

= To recover oneself from surprise, embarrassment, fear, or a disconcerted or distracted state; to gather together or gain command over one's scattered thoughts, feelings, emotions or energies; to compose oneself.

心を落着ける、氣を鎭める、騒ぐ胸を鎭める、亂るゝ心を押鎭める。

I と II は全く同義にして I to collect oneself の -self は一種の Pronoun の如き役目をなし、II のwits, ideas, senses, feelings, emotions, faculties, thoughts 等に相當するものなり。


「己(の思想、感覺、能力等)を集む」とは狼狽して度を失ひたる様が、譬へば人の心の平均を失ひ中心を離れて四散するが如く、而て心の落着き我にかへりたるは一旦離散せる心を再び捨収せるが如き觀あるを以てなり。

「考を纏める」「考が纏らぬ」「心が散る」などの後を思ひ合す可し。

參考

 He was left to himself.

= He was left to his thoughts, reflections, etc.

 一人取り殘され(て考へ)た。

 He could not express himself properly.

= He could not express his thoughts, reflections properly, etc.

 彼は思ふところを正しく述べることが出來なかつた。

比較

 To collect (gather) onself (up or together).

= To collect and dispose one's powers for a great effort, as a beast crouches preparatory to a leap.

 獣が跳ばむとする時の如く四肢に力を入れて身構へす。

用例

I

1.  I collected myself sufficiently to make a sign in the affirmative.

 W. Collins

 私はさうだと合圖が出來るまでにやつとの事で氣を落着けた。

 in the affirmative (= "yes") 「肯定の」即ち「然りと云ふ」。

2.  I was obliged to wait and collect myself before I could answer him.

 W. Collins

 私は答へる前に、先づ暫く待つて、氣を落着けねばならなかつた。

3.  He dashed into this like one possessed; but finding himself in the light of the hanging lamp, collects himself by a violent effort, and looks around.

 The Duchess

 彼は夢中に飛び込んで來たが、ラムプが點いてゐたので、やつと心を落着け、それからあたりを見廻した。

 like one possessed 物に憑かれた人のやうに、氣でもちがつた人のやうに。finding himself in the light of の照らして居る所へ來たのを見て。by a violent effort 一生懸命になつて。

4.  He tried to collect himself, but could not succeed; for it is especially in the hours when men have the most need of thoughts and all the threads are broken in the brain.

 V. Hugo

 私は氣を落つけようとしたが出來なかつた。と云ふのは、思想の糸が頭の中で皆ちぢれて了ふのは、得て人が最も考を要する時であるからだ。

II

5.  She stands, still panting and pallid, trying to collect her thoughts.

 The Duchess

 彼女は氣を落着けようとし乍ら、色蒼ざめて、今なほ喘ぎ乍ら立て居る。

6.  Ere I could well collect my thoughts, I saw my father pass, fully dressed, with a light in his hand.

 Mrs. Craik

 まだ十分氣が落着かない中に、私は父がちやんと服を着け、燈を手にして歩いて行くのを見た。

7.  He sat down on a stone bench opposite the door, which served for seat and bedstead; and casting his bloodshot eyes upon the ground, tried to collect his thoughts.

 C. Dickens

 彼は入口に向き合つて居る石のベンチの、腰掛と寢臺の役目をして居るものゝ上に坐り、血走つた眼を地上に投じて、心を落着けようとした。

8.  She paused, therefore, for a moment, that she might collect her thoughts, erecting her head as she did so in her best Juno fashion, till the porter was lost in admiration.

 A. Trollope

 それ故心を落着ける爲に暫く默つて居た。其間、他所行の、例のジュノー風に、ぐつと反り身になつたので、若い物はうつとりと見惚れて居た。

 that she might... 出來るやうに。Juno fashion デュノーと云ふ神様のやうに、Juno は Jupiter の妻にして品位高き女神なり(羅馬神話)。was lost in admiration 恍惚として我を忘れて了ふ。

9.  As soon as she could collect her thoughts the first idea that naturally occurred to Mrs. Clements was to go and make inquiries at the asylum to which she dreaded that Anne had been taken back.

 W. Collins

 心が落着くや否や、クレメンツ夫人の心中に當然浮んで來たのはアンが連れ歸られて居るに相違ないと思はれる其病院に行つて、訊ねて見ると云ふ事であつた。

10. I closed my eyes in order to collect my scattered senses.

 A. Chamisso

 私は亂れた心を落着ける爲に眼を閉ぢた。

11. A halt was made for a moment, during which Dantes endeavoured to collect his scattered sense.

 A. Dumas

 護送の兵士は一寸立ち止まつたが、その間にダンテは心を落着けやうとした。

12. As well as I could I collected my senses and luggage at the same time, and took her to the carriage.

 E. T. Fowler

 私は一生懸命、心と荷物を同時に纏め、彼女を馬車に乗せてやつた。

 collected my senses and luggage at the same time 「心と荷物を一緒にまとめ」と洒落たるなり。

13. I took his arm. The first of my scattered senses that came back was the sense that warned me to sacrifice anything rather than make an enemy of him.

 W. Collins

 私は彼の手を取つた。私はやつと心が落着いて、初めてそれと感じたのは、何物を犠牲にしても彼を敵にしては不得策だと悟つたことであつた。

14. I was now trying to get the better of the stupor that had come over me, and to collect my senses, so as to see what was to be done, when I felt somebody grasp my arm.

 E. A. Poe

 私は今昏睡に打勝ち氣を押鎭め、どうしたら善いかと考へて居ると、誰やら私の腕を握るのを感じた。

 to get the better of に打勝つ。

15. In a short time he had had to collect his senses, the boy had firmly resolved that, whether he died in the attempt or not, he would make one effort to dart upstairs from the hall, and alarm the family.

 C. Dickens

 一寸の間に心を落着けて考へればならなかつたのだが、其間にオリヴァーは、譬へ死んでも梯段を昇つて行つて、家内の人々を起してやらうと固く決心した。

16. It was some time before I or the captain seemed to gather our senses; but at length, and about at the same moment, I released his wrist, which I was still holding, and he drew in his hand and looked sharply into the palm.

 R. L. Stevenson

 船長か私かがやつと我にかへつたのは暫くしてからであつたが、殆ど同時にその時まだ握つて居た彼の手を放すと、彼はそれを引つこめて、ぢつと手の中を眺めた。

17. Then I grew calmer and collected my faculties.

 Mark Twain

 其中段々氣が落着いて、我に返つて來た。

18. It was nearly ten o'clock at night when I cast myself down upon my bed, and began to gather my scattered wits, and to reflect upon what I had seen and heard.

 疲れた體を寢臺の上に投げ出し、亂るゝ心を落ちつけて、先程聞いたり見たりした事を考へはじめたのは、夜の殆ど十時であつた。

19. Collecting my scattered wits, I tried to go to sleep again; but alas! that fatal feast had destroyed sleep, and I vainly tried to quiet my wakeful senses with the rustle of leaves about the window and the breaking waves upon the beach.

 N. N. R. IV.

 亂るゝ心を押し鎭めて、再び眠らうとしたが、如何せん、あの不幸な御馳走が眠を破壊し、窓の邊りに戰ぐ木の葉の音、渚に砕くる波の音を聞いて、眼さめ勝な心を鎭めようとしたけれども其甲斐が無かつた。

 that fatal feast その御馳走の爲に眠れぬが故に fatal (不幸なる)とは云ふなり。make on enemy of を氣にする。

20. Having, as I thought, sufficiently collected my ideas, I now, with great caution and deliberation, put my hands behind my back, and unfastened the large iron buckle which belonged to the wainstband of my pantaloos.

 E. A. Poe

 私の心持ではもう充分氣が落着いたので、非常に愼重に氣をねらして、手を後に廻し、ヅボンの帶に着いて居る大きな締金をはづした。

Wednesday, January 26, 2022

ジェフリー・ポメロイ・デニス「ポーランドの収穫」


作者ジェフリー・ポメロイ・デニス(1892ー1963)はイギリスの外交官だったが、1930年に「世界の終わり」という変な作品でホーソンデン賞を受賞した。文学賞を受賞したくらいだから、当時はそれなりに評価されていたというべきだろう。今の時点で彼の作品は……正直、わたしにはそのよさがあまりよくわからない。しかしある種の奇怪な想念に取り憑かれていて、それを文学の形で表現しようとしていたようだ。

本作は1925年に書かれたオカルト小説である。ウィキペディアによると31年に書き直されたようだが、改訂版は手に入らなかった。妙な文体で書かれていて、慣れるまでちょっと戸惑ったのだが、改訂版ではこれが修正されているのだろうか。

しかし話自体は相当に面白い。先ほど言った作者の奇怪な想念が小説に化けたような感じだ。これはエマニュエル・リーというオックスフォード大学の苦学生が語る物語である。まず彼は予知能力を持つ女性から、決して外国へ行ってはいけないと、警告される。次に彼は降霊術の会に参加するのだが、その場でも霊媒師から同じような内容の警告を受ける。エマニュエルは半信半疑でその預言を聞いていたのだが、しばらくすると実際にとあるポーランド人からしばらくポーランドの自分の家に来て、英語のレッスンをしてくれないかと頼まれた。ジュリアン・レリヴェルというこの男は皇子の称号を持ち、普段はどこにでもいそうな若者のしゃべり方をするのだが、ことエマニュエルをポーランドに誘う話になると、目つきがぼうっとなり、遠くから聞こえる声を復唱するみたいに慎重に言葉を発するのだ。エマニュエルは彼の頼みを引き受け、レリヴェルと外国へ旅立つ。

そのあとは海峡を渡ってフランスからドイツへ、そしてポーランドへ旅をする。道中はコミカルで、どこかグロテスクなのだが、旅の目的地、すなわちポーランドのレリヴェルの家にも筒井康隆の小説にでも出て来そうな妙ちきりんな連中がそろっていた。ここの住人たちは祖母の財産をめぐって大きく二派にわかれていて、なにかというとすぐさまいがみ合う。食事の最中ですら、いつも二派はいさかいを始め、激烈なののしり合いに発展するのである。

さらにこの家にはツヴァンという得体の知れない小男が食客として滞在していて、エマニュエルは彼に目をつけられ、気味の悪い思いをする。

居心地が悪いのは家の中だけではない。当時のロシア・ドイツ・ポーランドをめぐる国際政治情勢のせいだろうか、エマニュエルは外出したときに言葉の通じないロシアの官憲にとらえられ、ポーランド人の農夫たちの手によって助け出されたりする。

いったいこの小説にはなにが書かれているのだろう。何が焦点になっているのだろう。一番最後、悪魔との対決のシーンまで、とにかくこれは「世界の終わり」と同じくらい珍妙な小説である。「世界の終わり」は世界がどう終わるかについて書かれているので少なくとも一貫した主題が見て取れるが、この小説は一読しただけではなにを主題にしているのかさっっぱりわからなかった。語られるエピソードが突飛でグロテスクで面白いので、退屈することはない。また、なにかを伝えようとする白熱した思いがあることは、その奇妙な文体からもわかる。しかしその思いがなんなのかさっぱりわからず、読み終わって茫然とさせられるような、異様なゴシック小説である。他の人がこの小説を読んでどんな印象を持ったのか、ぜひとも知りたいものだ。

Sunday, January 23, 2022

ジェフリー・R・ウィークス「空間の形」

本書 The Shape of Space は「フリーランス数学者」であるウィークスが書いたトポロジー入門書である。たまたま手に入れた本なのだが、入門書の傑作である。トポロジーの基礎的な概念がわかりやすく、直感的に示されているだけではない。豊富な問題を通して読者に考えさせるようにも作られている。

著者は高校生の時にトポロジーに興味を抱いたが、大学に入っても適当な入門書や授業に巡り会えなかった。だから大人になってから、著者とおなじようにトポロジーに興味を持つ若い人々に向けて解説書を書いたということらしい。ある意味で、彼は知識欲にうずく若き日の自分のためにこの本を書いたのだ。だからこの本はただ知識を伝達するだけの冷たい本ではなく、どこか暖かみを感じさせる。しかも、手取り足取りすべてを解説し尽くすのではなく、若い知性にみずから跳躍を試みさせ、知的体力をつけさせようとする、名教師の配慮に満ちた本である。2002年に出た本だが、是非とも翻訳してもらいたいものだ。

作者は Torus Games という無料のゲームをネット上に公開している。これをダウンロードしていろいろと遊んでおけば、本書もかなり理解しやすい。あり得ない空間を直感的に把握するいい訓練になる。

Thursday, January 20, 2022

オッペンハイム「入れ替わった男」

エドワード・フィリップス・オッペンハイムは十九世紀末から二十世紀前半に活躍したミステリ作家である。いや、ミステリ作家というよりロマンチック・ミステリとでもいったほうがぴったりするだろう。ミステリと同じくらいロマンスの要素も含まれているから。スパイ小説もたくさん書いているが、今のスパイ小説と比べるとずいぶんのんびりした印象を与える。なにしろスパイはたいてい貴族で、優雅な生活をし、美しいご婦人方とおつきあいしながら秘密の活動をしているのだから。しかし初期のスパイ小説とはそんなものだ。

オッペンハイムの「入れ替わった男」はその中でも名作として知られる。原題は The Great Impersonation。Great 「大いなる」などとつくところが時代を感じさせるが、よくできた話である。顔つきも体つきもそっくりなイギリス人の青年とドイツ人の青年が、偶然アフリカで出くわす。二人は学生時代をおなじ学校で過ごし、親しくつきあってもいた。しかし学校を出てからはイギリス人の方は自堕落な生活を送り、ドイツ人の方は軍人として活躍していた。その軍人の方が双子のような友人との再会を祝いながら、ふと奸計をめぐらせるのだ。イギリス人を殺し、彼になりすまして、イギリスの上流社会に潜入し、情報を盗めないか。ここから驚くべき物語が展開することになる。

興味のある方は右の欄に私の翻訳へのリンクがあるので、ご覧頂きたい。

この本を訳しているとき、一つ変な文章がある事に気づいた。それはこんな文章である。


Mr. Mangan was a lawyer of the new-fashioned school⁠-Harrow and Cambridge, the Bath Club, racquets and fives, rather than gold and lawn tennis.


ミスタ・マンガンは新しい流派の法律家だった。学校はハロウからケンブリッジへと進み、所属する倶楽部はバス・クラブ、スポーツはgold やローンテニスよりもラケットやファイブスを好む。


私は gold にひっかかったのだが、なぜかどの出版物を調べてもみな gold だ。しかしここはスポーツ名がならんでいるのだからこれは golf に違いないと思い、訳では「ゴルフ」としておいた。たぶん一番最初に出た本に gold とあったせいだろう。活字職人の間違いがそのまま延々と引き継がれてきたのである。プロジェクト・グーテンベルグから出ている電子版も本に書いてある通り gold となっている。

最近ちょっと気になって gold が golf に訂正されているかどうか調べたら、相変わらず間違ったままだ。そこで Standard Ebooks のほうには修正のお願いを出してみた。するとすぐさま返事が返ってきて、こちらのテキストではちゃんと golf になった。この本は1920年に出たのだが、出版以来ずっと gold とあった部分が百年後に golf に訂正されたのである。訂正させたのは私である、と威張るつもりはないけれど、ちょっとだけ自慢しても罰はあたらないだろう。ちなみにオッペンハイムの記述は事実に即していて、1920年頃には確かにケンブリッジ出身の法律家が増えている。彼らは若いからゴルフなどよりラケットみたいな激しいスポーツを好んだであろうことも当然予想される。

Monday, January 17, 2022

小説とトポロジー

わたしは数年前、軍隊小説を読みあさっていたころ、兵士たちが行軍する山道に奇妙な特徴があることに気がついた。それは最初のうちは平々凡々、誰もがよく知る山道なのだが、ずっとそれをたどっていくと、およそ非日常としかいいようのない、茫然とするような、言語を絶した光景の展開する場所へとつながっていくのだ。それはおどろくべき反転現象である。冒険小説にもこんな現象はよくあらわれる。山道をどこまでも進んで行くと、人外魔境が現出するというように。この反転現象は、メビウスの帯を思わせる(メビウスの帯と山道はその恰好がそっくりだ)。ある平面上をぐるりとめぐるように進んで行くと、いつの間にか「向き付けの不可能な」反対の面に出て行ってしまうのである。

今日出海の「山中放浪」にはこんな場面がある。激戦地の比島へ行った著者は、ジープに乗り、米軍がつくった山道を通って遁走しようとする。それは広くて実に快適・実用的な道路なのだ。著者はつい車の中でうとうとしてしまう。気がつくと周囲は真っ暗闇で、彼らは切り立った恐るべき断崖の端を進んでいた。ここにはまさに「崇高なもの」が描かれている。それは、象徴界が薄い膜を隔てて現実界とさしむかう地点、象徴界の限界を意味している。出発地点において作者は快適で実用的な、それこそ象徴界のど真ん中に位置していたが、彼はいつの間にかその反対の地点にまでたどりついてしまっていた。

わたしが翻訳したルネ・フュレップ=ミラー作「闇の深みへ」にも、このおなじ情況が表現されてている。なんでもない山道をみんなと楽しく話をしながら歩いていた主人公は、突然上官の命令で激戦地である高地へと送り込まれる。ここはそれこそ地獄のようなグロテスクな場所である。すべてが反転してしまっている。みんなと楽しく山道を歩いていたとき、主人公は娼館へ行って、大きな胸の女を相手にあそびまくることを夢見ていた。これは普通の欲望の世界である。ところが激戦地の高地では、軍の命令により、いつまでもいつまでもみずからを死の危険にさらしつづけなければならない。そこは永遠に死を欲望し続けなければならない世界、つまりあきらかに死の欲動の世界である。

このように反転した世界のあいだでは言語が通じない。「闇の深みへ」のある章では、高地で指揮を執る将軍が、電話で本部の官僚たちと話をする場面が描かれているが、この会話は失敗に帰する。将軍が自分たちの情況をいくら説明しても官僚たちにはそれが通じないのだ。向き付けが不可能とはまさにこういうことだ。彼らはメビウスの帯の正反対の地点に位置している。同じ現象は今日出海の「山中放浪」にも見て取れる。今は比島で日本軍兵士とまさしく生死の境をさまよった。彼は奇跡的に帰還してからみずからの体験を新聞記者たちに話すのだが、彼らとは全く話が通じないのだ。新聞記者は今に「貴様は愛国精神が足りぬ」といい、今は「お前らは危険を冒して取材に行っていると言うが、まだ踏み込みが進み足りず、なにもわかっていない。もっと先へ行って見ろ」という。言葉の通じない彼らは結局けんかするしかなく、今は毎度毎度血まみれになって宿に帰ることになる。しかし今の「もっと先へ行け」という言葉は胸に来る。メビウスの帯の先へ行け。反転するところまで。おまえたちはまだその地点にまで達していないのだ。

このメビウスの帯は異様な構造を持っている。連続した平面上をどこまでも歩いて行くと反転現象が起きる。それは連続しているが、どこかで非連続が生じているのだ。こういう奇怪な構造が小説の中にはあらわれる。

メビウスの帯を四次元空間で立体化したのがクラインの管だが、物語においても上記のメビウスの帯的構造が物語そのものの構造に組み込まれるケースがある。

これまたわたしが訳したクロード・ホートン作「わが名はジョナサン・スクリブナー」には四次元的な構造が見られる。後書きでくわしく書いたが、要するに物語内部の一人物が、実は物語のフレームワークそのものになっているのである。じつはわたしはこれとまったく同じ構造を、ずいぶん昔に見出していた。スチュアート・ゴードン監督「ドールズ」というホラー映画も、物語の内部で言及されるだけの人物が、じつは物語の枠組みとなっているのだ。(こちら)小説と空間このような作品構造は四次元空間におけるクライン管にたとえるのがもっとも適切だろう。内部と外部が一続きになっているのだから。このような構造においてはメタレベル/オブジェクト・レベルの区別が崩壊してしまう。

クライン管は三次元で考えようとすると、どうしても自己交差する部分が出て来てしまう。この交差の地点、ハイパー空間においてのみありえる(三次元においては不可能な)地点が、「ジョナサン・スクリブナー」においては語り手とスクリブナーの交差の地点、「ドールズ」の場合は少女ジュディと母親との交差の地点である。前者の場合、語り手の言葉はじつはスクリブナーの言葉であり、後者の場合、ジュディの欲望は母親の欲望なのである。交差の地点はクライン管が持つ奇妙なねじれの位置を示している。それはメタレベルとオブジェクト・レベルがくるりと入れ替わる地点でもある。

わたしは小説に登場する建築物に非常に興味がある。建築物は三次元的空間を表象しているように見えるが、じつはよくよく見ると幾何学的には考えられないような構造を持っていることがある。たとえば「オードリー夫人の秘密」に登場する館などはその典型である。これも翻訳したときにかなり詳しく後書きで説明したのだが、この館にはさまざまな断点が生じている。一見直線のように見えても、じつはその直線には眼に見えない断点が生じているのだ。屋敷の奥へ向かって突き進んでいるつもりだったのに、気がつくと入口に戻ってきてしまっていた、などというのはこの奇怪な断点の作用である。断点は目的論的な構えを瓦解させる。この直線のよじれもメビウスの帯を考えることで整理が可能だ。今まで自分が考えてきたことがトポロジーを参照することでずいぶんと明確になる。最近はそんなことを考えている。

Friday, January 14, 2022

ゲーム実況者のための英語(17)

ゲーム実況者のクリスタルさんは「ペルソナ」と「ヤクザ」シリーズの大ファンであり、コスプレーヤーであり、かつプロのダンサーでもある。今回はちょっと長めの場面になってしまったが、文は短く意味は取りやすいと思う。

(reading out the subtitle) This chicken...I wanna keep1 it.
(reading out the subtitle) What? You're gonna keep it? As a pet?
(reading out the subtitle) Is that not allowed?
(reading out the subtitle) Not, it's fine, but...I thought you wanted it cooked. You know, a juicy roast chicken with a crispy skin?
(reading out the subtitle) Well, I can have that some other time2.
(reading out the subtitle) Okay, then. This is your chicken now. Congratulations!
(reading out the subtitle) Hello, chiken. Your name will be...Nugget...
I hate this game3.
This game is ass4.
Oh, god.
He said that with such confidence5.
Oh, fuck!6
(reading out the subtitle)Nugget has joined your team as a ma(nager)...
This is a fucking chiken!
What the fuck!
A chicken is not a manager.
What is happening?
Oh my god!
I have lost control of my life!7
What the fuck, bro!8
This is not a serious crime drama.
I can't....9

(サブタイトルを読む)この鶏は、おれが飼う。
(サブタイトルを読む)なんですって。飼う? ペットとして?
(サブタイトルを読む)できないのか?
(サブタイトルを読む)いえ、結構です。でも調理して欲しかったのではありませんか。ジューシーなお肉、パリパリの皮。
(サブタイトルを読む)そいつは別のときにしよう。
(サブタイトルを読む)それではこの鶏はお客さまのものです。おめでとうございます。
(サブタイトルを読む)やあ、鶏。おまえの名前は……ナゲットだ。
もうこのゲーム、いや!
ひどいゲームだわ。
ああ。
彼ったら胸を張って(あんな滑稽な名前を)言うんだもの。
いやになっちゃう。
(サブタイトルを読む)ナゲットはマネージャーとしてあなたの(経営)チームに加わりま……。
どういうこと?
鶏はマネージャーじゃないわよ。
なにが起きているの?
ちょっと!
ああ、わたしの人生はぐちゃぐちゃだわ。
どうなってるの。
こんなのシリアス系の犯罪ドラマじゃないわ。
わたし、もうだめ。

1. keep は「(動物を)飼う」という意味。
2. some other time 「いつかべつの時に」
3. I hate this game もちろん嫌いなわけがない。しかしこういうふうに反対のことを言うのはアメリカ英語ではよくある。一種のユーモアと考えてよい。
4. This game is ass 「このゲームはクソだ」という意味。ass は「クソ野郎」という意味でも使う。a nasty ass 「いやな野郎」、a dumbass 「ぼけなす」など。しかしここでは直前の I hate this game と同じく、本気でこのゲームは ass だと言っているわけではない。むしろ「面白い」と言っているのだ。
5. with confidence は「自信をもって、自信たっぷりに、堂々と、ためらいなく」のような意味。
6. What the fuck! 今までに見た What on earth とか What the hell などと同じ驚愕の表現。
7. I have lost control of my life 「自分の人生に対するコントロールを失った」という意味。鶏が経営マネージャーになる滅茶苦茶な事態に陥り、大袈裟に嘆いて見せている。 I cannot handle my life any more とか What am I doing with my life? と言っても同じ。my life はもちろん my life in this game の意。
8. bro は brother の短縮形で、「よう、どういうことだ?」の「よう」にあたる表現。本来は brother に向かって呼びかける言葉だが(「よう、兄弟!」)、ここでは誰か特定の人を想定して呼びかけているわけではない。おなじように man が使われることも多い。Man, what a nice dress! (よう、きれいなドレスだな!)ちなみにクリスタルさんはこの bro をよく使う。
9. I can't... はこれだけで(つまり動詞を伴わない形で)絶句した時によく使われる。ここでは「もう堪えられない」「もうだめ」くらいの意味。

Tuesday, January 11, 2022

関口存男「趣味のドイツ語」

Der Japaner

Wir Japaner sind doch1 merkwürdige Menschenkinder2: wir haben einen Volkscharakter3, der jeder Definierung spottet4. Oder besser5: wir haben6 gar keinen, sondern stellen in7 unserer Charakterlosigkeit eine Art Mollusken8 dar9. Denn wir besitzen nach Molluskenart10 keine Knochen, kein Rückenmark in uns. Wir sind im tiefsten Innern11 unseres Wesens12 windelweich13, amorph14, wie es die Physiker nennen; dafür aber erstaunlich schmiegsam15, bildsam16 und knetbar17. Pedantismus18 ist ein Fehler, den wir uns nie zu Schulden19 kommen lassen. Treue20 ist eine Kinderkrankheit21, über die wir längst hinaus sind22. Charakter23 ist eine Tugend, oder besser eine Untugend24, die man am besten25 zu Hause26 läßt, wenn man sich als einen ehrbaren27 Japaner unter andern ehrbaren Japanern fühlen will. Denn Charakter, Treue und Pedantismus verursachen Reibung; und Reibung darf nicht sein28 unter den Mollusken29! Alles30 -- nur ja31 keine Reibung, meine Herrn!

逐語訳:Wir Japaner われわれ日本人共は doch 実に merkwürdige 妙な Menschenkinder 人間共 sind である:wir われわれは jeder Definierung [二格]一切の定義づけを spottet 嘲ける der ような einen Volkscharakter 国民性格を haben 持っている。Oder それとも besser よりよく(言うならば):Wir われわれは haben gar keinen [Volkscharakter] 国民性などというものは全然[持ってはいない]ので sondern むしろ in unserer Charakterlosigkeit われわれの無性格性に於て eine Art Mollusken 軟体動物の一種を stellen dar 具現するものである。Denn 如何となれば wir われわれは nach Molluskenart 軟体動物の特性に従って keine Knochen 骨というものを、kein Rückenmark 脊髄というものを in uns われわれの内部に besitzen (......kein) 持たない[からである]。Wir われわれは unseres Wesens われわれの本質の im tiefsten Innern 最も深き内奥に於て windelweich [おしめ]のごとくグニャグニャで wie es die Physiker nennen 理学者たちがそれを名づけるごとく(=理学者たちの謂わゆる) amorph 無定形(非晶質) sind なのである。dafür その代りには aber しかしながら erstaunlich おどろくべきほど schmiegsam しなやかで bildsam どんな形にでもなる und そして knetbar 捏ねることの自由なもの[sind である]。Pedantismus 杓子定規癖というやつは wir われわれが nie 決して uns zu Schulden kommen lassen われわれに責任にまで来させ[ない](=犯さない) den ところの ein Fehler 欠点 ist である。Treue 節操ということは über die それを越えて wir われわれが längst とっくの昔に hinaus 彼方に[脱け]出してしまっている[die ところの] eine Kinderkrankheit 小児病で ist ある。Charakter 性格(しっかりした点)などと云うものは wenn もし man 吾人が sich 吾人自身を unter andern ehrbaren Japanern 爾余の体裁よき日本人たちの間に於ける einen ehrbaren Japaner 一人の体裁よき日本人 als として fühlen will 感ぜんと欲する[wenn 時には] man 吾人は am besten 最も良くは(最良の思案としては) zu Hause läßt 家に置いておく den ところの eine Tugend 徳 oder besser 或いはもっとよく云うならば eine Untugend 不徳 ist である。Denn 如何となれば Charakter, Treue und Pedantismus 性根と節操と杓子定規癖は Reibung 摩擦を verursachen 惹き起こす。und そして unter den Mollusken 軟体動物どもの間には Reibung 摩擦が darf nicht sein! あってはならないのである! alles ――何があってもよい―― nur ただ Reibung 摩擦だけは ja 金輪際 keine あってはならないのだ meine Herrn 諸君!

:【1】doch: 「実に」、「まことに」、「いやはやどうも」。
「奴さん」、「和尚」、「御仁」、「大将」、「野郎ども」、「やから」、「先生」、「連中」、「坊主」等に該当するドイツ語にはどれだけの種類があるか?【2】Menschenkinder: Kinder には別に意味はなく、単に Menschen というべきところを、多少憐れむというか、冷かすというか、愛嬌を持たせるというか、とにかく Humor を以て Menschenkinder という御念の入ったヘンな語を用いたのです。日本語もその通りで、「横着な坊主だ」と云っても、ほんとに坊主だと思ったら飛んだ間違い、「先生参ったな」と云っても、学校の先生でも何でもない事が多い。いわんや「おい大将どうしたい!」という大将は陸軍大将でも海軍大将でもありません。ドイツ語には、「おッさん」はないが、その代り Patron (親方)というのがあって、「あのオッサンこすおまッせ」は Das ist doch ein schlauer Patron! という。「和尚」はないが、その代り Heiliger (聖者さま)というのがあって、「此の和尚、一風変ってやがる」は Das ist ein wunderlicher Heiliger という。其の他、本文の場合にあてはめると merkwürdige Gesellen (変った仲間)とか merkwürdige Käuze (変ったみみずく)とか merkwürdige Gäste (賓客[まろうど]ども)とか merkwürdige Kumpane (変った連中)とか merkwürdige Gewächse (変った草本)とか merkwürdige Kunden (変ったお得意さん)とか merkwürdige Burschen (変った若い衆[やっこさん、に当る])とか merkwürdige Fanten (変った下郎ども)とか merkwürdiges Gemüse (変った野菜)とか merkwürdiges Gesindel (これがチョウド「変ったやっこさん」) merkwürdige Vögel (変った鳥ども)とか merkwürdige Brüder (変った兄弟ども、或いは変った坊主ども) merkwürdiges Kraut (変った野草)などという変なことを云います。ドイツ語の特徴として特に注目すべき現象は Kraut, Gewächs, Gemüse などという植物に関係した名詞が用いられるという点です。
【3】Volkscharakter (国民性):Nationalcharakter とも云う。
【4】der jeder Definierung spottet: der は関係代名詞ですが、次の jeder Definierung は二格です。というのは「……を嘲笑う」という意味の spotten は二格支配だからです。――それから、spotten の二格支配は、現在では普通のいわゆる「嘲笑う」の意ではあまり用いられませんが、(大抵 jemanden verspotten の方を用いる)、少し特殊な「箸にも棒にもかからない」(即ち:「を許さない」)という意味の場合に限って、もっぱら此の二格支配が用いられます。例:Der Gang der Geschichte spottet jeder wissenschaftlichen Berechnung (歴史の歩みは一切の科学的打算を嘲る)、すなわち Der Gang der Geschichte läßt keine wiss. Berechnung zu (……は科学的打算を許さざるものあり)、または Der Gang der Geschichte ist einem wiss. Berechnungsversuch unzugänglich (……は科学的算出の試みを以ては得て近づく可からざるものがある)などというに同じです。
【5】oder besser: 「よりよく云うならば」、「というよりはむしろ」――完全形で云うと oder besser gesagt; oder um es noch besser zu sagen.
【6】haben:前に haben を用いて wir haben einen Volkscharakter 云々と云ったので、それを是正するために。特に此の haben という語だけを打ち消そうとして gesperrt (隔字)にしたもの。即ち「haben」という語弊がある、むしろ「haben しない」といった方が好い、の意。
【7】in: こういう時の in は mit とも云います。「われわれの無性格性に於て」、「われわれの無性格性を以て」というのは、「われわれが無性格だという点で」、「なにしろコウいう無性格なところから考えると」などということ。(詳細は、拙著「作文教程」、423頁、§無描写の in と其の因由規定的応用、の項に就て御研究を乞う)。
【8】Mollusken: いわゆる軟体動物で(学名 Mollusca)すが、やかましく云うと軟体動物というよりはむしろ「無脊椎動物」という広い範囲を指しています(アミーバ、ゾーリムシの類から、ヒル、蝸牛、サナダムシ、貝類など。)
【9】darstellen [或いは vorstellen, repräsentieren]: 元来は「……を表わす」という動詞ですが、茲では wir sind eine Art Mollusken, われわれは軟体動物の一種「である」というに同じです。
【10】nach Molluskenart: nach は「……に従って」、「……相応しく」、-art は Eigenart (特有性)の意です。nach Art der Mollusken という代りに、nach Molluskenart という形が普通用いられます。同じように「小児たちがそうであるように」と云ったような時には、わざわざ wie es bei den Kindern der Fall zu sein pflegt とか wie es bei den Kindern üblich ist とか云ったような挿入句を用いるまでもなく、簡単に nach Kinderart と云えばよいのです。
【11】Innern: これは inner (内側の、内部の)という形容詞の中性名詞化した形で、das Innere (内部、奥底)の三格。
【12】Wesen (本質):はえらい哲学的なむつかしい語ですが、こんな時には「人格」、「人となり」あるいは単に「心」ということにすぎません。
【13】windelweich: Windel は小児のお尻にあてる「おむつ」、「おしめ」(英:diaper, ダイヤパ)で、「グニャグニャ」ということを windelweich というのです。
"amorph 無定形の" と "kristallin 晶質の"【14】amorph: これは物理用語で、「無定形」あるいは「非晶質」と云っています。これはつまり晶質の、結晶構造を持った、という kristallin [クリスターン]の反対です。たとえば、見たところ水晶とガラスとは大してちがいませんが、水晶の方は内部の各原子がまるで兵隊さんが整列したようにキチンとならんでいる、即ち kristallin です(kristallen、水晶で出来た、と混同しないこと!)。ところが硝子というやつは、だいいち割れた時の貝殻状の破れ口を見てもわかる通り、内部は、まあ飴みたいなもので、各分子はまるで満員電車に乗った人たちみたいに不規則にゴチャゴチャつまっているにすぎません。即ち「無定形」です。実際飴と同じだそうで、まあ液体だと思えばよろしい。窓ガラスなんてものは、百年や二百年はシャンとしていますが、十万年も百万年もたってごらんなさい。だんだん重みで崩れてしまって、まるで融けたように、窓框の桟にたまってしまいます(これはドイツの学者によって実測されている事実です。――ここで日本人の心を amorph と道破したのは、こうした科学的事実をよく考えて理解して頂きます。因みに、amorph はギリシャ語、a- はドイツ語、英語の un- にあたり、privativ (「持たない」の意)の意。morphe は Form です。
【15】schmiegsam: schmiegen (たわめる、曲げる)に性状描写語尾 -sam がついたもので、柳のようにしゃなりしゃなりして柔軟なこと。従って、何でも人の云うなりになる、すなおな事も云います。biegsam とも云う。
【16】bildsam: bilden (整形する、形成する、即ち formen、 gestalten)から。たとえばパン粉、粘土のように、どんな形にでもすることのできる、という意。むつかしい語では plastisch とも云います。
【17】knetbar: kneten (こねる)より。
Pedantismus、pedantisch 等の真義について【18】Pedantismus, m.: 此の語は、普通はよく「衒学」とか「学者ぶる」とか云ったような意味だと思っている人が多いようですが、勿論そんな意味の時にも用いますけれども、そのもっと広い意味形態を把捉する必要があります。これは特にドイツが学者がやかましいことを云って人を困らす国であるために、特にドイツ語においては、いつの間にか「考え方のイヤにやかましい」、「純理論と公式を上段にかざした」、「主義方針を持することにおいて頑迷固陋な」、「形式一点張りの」、「自説を枕に打死してもかまわぬという態度の」、つまり俗に云えば「杓子定規な」、「格式張った」、「四角四面の」、「頑固な」、「やかましい」、「肩の凝る」、「糞やかましい」、ことにすぎなくなっています。つまり、主義の人、節を守る人、几帳面な人、というのが度が昂じて或る限度を越えたのを Pedant というのです。骨がある、性根がある、気骨がある、しっかりしている、考がしッかりしている、というのはよろしいが、(これを ein Mann von Grundsatz、英 a man of principle という)ドイツにはそのそいつの漫画みたいな教授や親方や奥さんがたくさんいて、無邪気な日本人などが下手に変なことをいうと、たちまちまるえ高圧電線にでも触れたような反撃を喰うのです。そこでまあ此の pedantisch という形容詞があらゆるそうした性質にむかって応用されることになったわけです。軟体動物の反対としてよく味うこと。
【19】sich etwas zu Schulden kommen lassen: 直訳すると、「自分に・或る事柄を・責任に・来らしめる」――これは熟語で、換言すれば etwas begehen (或ることを犯す)です。zu Schulden は zuschulden とも書きます。
【20】Treue, f.: 俗に deutsche Treue (ドイツ的な渝らぬ心)と云って、ドイツ人はいったい昔から律儀者で、恋に於ても、思想においても、主義に於ても、商売道に於ても、友情に於ても、此の Treue ということをやかましく云います。主君に忠なるも Treue、自己に忠にして他の期待を裏切らず、約束を守り、性格を堅持するのも Treue、浮気をせず操を守るのも Treue、要するに「心を渝えぬ」、「真心」、「誠意」、「節」が Treue です。
【21】Kinderkrankheit: 百日咳等、小児のみがかかる病気のことですが、転意として、幼稚な頭を持った人間が必ず一度は陥入り、一度やればそれで免疫になるといったような謬想のことを云います。
【22】über etwas hinaus sein: ある事柄を超越している、ある事をすでに卒業してしまっている、という熟語。hinaus は hinausgewachsen (生長脱却してしまっている)の意。
【23】Charakter: これは出発点としては「性格」という、別に特別な色彩を持たないことばですが、転じて「しっかりした性格」、すなわち、いわゆる「気骨」の意味になります。Er hat einen Charakter などと云いますが、これは第二の方の意で、一向頼りにならぬ男だ、お人が好すぎて性根というものがない、性根なしだ、しっかりした所がちっともない、という意になります。日本人、よく聞いておくべし。
【24】Untugend: 不徳、悪徳、悪。
【25】am besten: 「云々するのが一番よろしい」、「云々するを以て上策となす」という場合に用いる副詞です。besser とも云います。(英語も had better + 不定法、或いは had best + 不定法もあります)たとえば「あなたは此のまま此処においでになった方が好いでしょう」は Sie bleiben am besten hier また Sie bleiben besser hier (英は You had better stay here または You had best stay here)。――もちろん Sie würden besser tun, hier zu bleiben または Sie täten besser, hier zu bleiben (英:You would do well [better] to stay here)でもよし、また Ich glaube, es wäre besser, wenn Sie hier bleiben (英:I think it would be better if you stay here)でもよいわけです。
【26】etwas zu Hause lassen: 原意は、或物を家に残して出かけること。転意:或物を人前へ持ち出さない、或事を引っ込める。
【27】ehrbar: いろいろな適当な訳語を考えてみましたが、「チャンとした」という通俗語がいちばんピッタリします。「尊敬すべき」なんてのも殊更らしいし、「堂々たる」、「立派な」は少々言い過ぎだし、「申し分のない」、「非難なき」、「点の打ち所のない」、も好いが、「なき」という Privativ (否定詞)が一寸気に入らないし、結局「チャントした」がいちばんピッタリします。「もっとチャンとした奥さんをお貰いなさい」なんて云う時、チャントしたとはいったいどうしていることなのかと考えれば、この最もアイマイでしかも最もハッキリした要求の意味するところがよくわかりましょう? (英は respectable)つまり世間体のわるいという奴の反対で、人聞きもよく、人前にも威張って出せるということだけにすぎません。
【28】darf nicht sein (あってはならぬ、御法度、タブー、厳禁):これは一種の成句ですから、此のままの形をおぼえること。似たものに muß sein (やむを得ぬ、仕方がない)というのがあります。Reibung muß sein (摩擦は万已むを得ない、摩擦は必要だ)
【29】語順に注意! 正しく云えば darf unter den Mollusken nicht sein! ということになりますが、それでは文勢があがらない。大いに文勢をあげて、同時に unter den Mollusken という句を光らせるために、わざとこんな構造を取るのです。もっとも此の原文はドイツ人が書いたものではない、私自身が一杯機嫌で物したものにすぎませんが、こういう微妙な文法外の文法も之亦文法であるという点、殊に御注目を乞う。
【30】Alles--nur ja kein....: これは否定の一形式です。「凡てを認める――但し云々だけは平に御容赦!」、「外の事とはちがって、kろえだけは絶対に困る!」という意。(此の、一事を強く否定せんが為めに、政策として、他の事を全部譲るという形式は、ヨーロッパでは一般文法となっています。いずれ詳しく述べる機会があるでしょう)。
【31】ja: beileibe (絶対に、断じて、金輪際、以ての外、等)と同意の用法。

 Und wenn die Sitzung um Punkt sieben beginnen soll32, und es hat33 schon acht geschlagen und du sitzest allein am grünen34 Tisch und die andern lassen noch immer auf sich warten35: klage nicht, sondern denke daran, daß du unter den Mollusken lebst!
 Ueberhaupt36 richte dich nach37 Zeit und Umständen38, vor allem39 aber40 lies in deinen Zeitungen, wie die Christen in ihrer Bibel41, auf daß42 du dir den Zeitcharakter wohl einstudierest43: denn der Zeitcharakter ist ein Surrogat44 des Volkscharakters.

逐語訳:Und そして wenn もし die Sitzung 会議が um Punkt sieben ちょうど七時に beginnen 始まる soll 「筈」になっていて und そして du あなたは allein ひとりきりで am grünen Tisch 緑色の机に(会議の机に向って) sitzest 腰かけていて und そして die andern ほかの人たちは noch immer まだ相かわらず lassen auf sich warten 自分自身を待たせておく(顔を見せない)[としても] klage nicht 苦情を云う勿れ sondern むしろ du 汝が unter den Mollusken 軟体動物どもの間に lebst 生きているのだ daß という daran そのことを denke! 考えよ!
 Uebrigens いずれにせよ nach Zeit und Umständen 時と事情とに従って richte dich 身を処せよ aber 然し (然り而して) die Christen 基督教徒たちが in ihrer Bibel かれらの聖書を[lesen 読む] wie が如くに in deinen Zeitungen 汝の新聞を lies 読め du 汝が dir 汝のために den Zeitcharakter 時代の性格を wohl よく einstudierest 覚え込む auf daß ために。denn 如何となれば der Zeitcharakter 時代の性格(時代相)は des Volkscharakter 国民性の ein Surrogat 代用物 ist である。

:【32】soll:「……ということになっている」、「……の筈だ」、「本来……すべき所だ」、Sperrdruck (隔字印刷)になっているのは皮肉に sollen の概念を強調したもの。
wenn によって二つ以上の文章が導入される場合には、通俗調では一番最初の文の定形のみを後置し、第二文以下は主文章構造でよろしい【33】und es hat の hat は、やはり wenn をしめくくる定形の一つですから、pedantisch に書けば und es schon acht geschlagen hat と、定形後置の構造をとる筈のところ(これ即ち soll!)です。次の sitzest も lassen も同様。ところが、通俗の平易な文は、学問の論文ではありませんから、そうした pedantisch な構造を嫌い、第二次以下は定形正置にした方がむしろ好いのです。これまた文法外の立派な文法、文法よりももっとやかましい実際文法です。
【34】am grünen Tisch: 官庁の机、事務用のデスクなどのことを俗に「緑色の机」といいます。たとえば机上の空論のことを Das existiert nur auf dem grünen Tisch (それはお役人さんの机の上にしか存在しない)などと云うのでもわかるでしょう。
【35】auf sich warten lassen: 自分を待たせる、即ち「容易なことではやって来ない」、「待ち遠しい」という熟語。
【36】überhaupt: そもそも。とにかく、überhaupt gesagt (一般的に云って)の略。
【37】sich nach etwas richten: 云々に従って身を処する、云々に順応する、云々に調子を合わせる、云々に準拠する。 【38】Umstände, pl. 事情、時宜、事態(英:circumstances)。
【39】vor allem: なかんずく、とりわけ、わけても、何はさて措き、特に。(vor allen Dingen とも云う、besonders, insbesondere, insonderheit などもほぼ同意)。
【40】aber: これは「然し」というほどの強い意味ではなく、色々なことを列挙したのちに「然り而して特に注意すべきは」などという時には、形式的に besonders aber とか vor allem aber とか云うことが習慣になっているのです。
【41】in ihrer Bibel: lesen (読む)という時には、本を開いてその中の或る箇所を読む、という意味で in を用います。前の新聞もそうですが、バイブルは殊に in と共に用いるものとお心得下さい。
【42】auf daß: damit と同意の、目的をのべるための接続詞。ただし此の auf daß は、聖書などによく用いてあるので有名なため、よほど調子の上がった文語調でないと用いません。
【43】sich etwas einstudieren: これは役者が自分のセリフや動作などをすっかり「のみ込ん」でおぼえるように、丸のみにして、すっかり習熟して準備することをいいます。einstudierest の -est という語尾は接続法第一式。(auf daß のため)。
【44】Surrogat, n.: 代用品、代用物(Ersatz m.)

意訳:御同様日本人というやつは、まことに風変りな御仁のおそろいである。われわれの国民性というやつは、ちょっと定義しようのない代物である。というよりはむしろ、国民性なんてものは無いんで、その無国民性はチョット軟体動物を想わせるものがある。というのは、軟体動物というものはそういうものだがわれわれには骨というものが無い、脊髄というものが無い。われわれの心底はグニャグニャなんで、理学者たちのいわゆる「無定形」というやつなのである。そのかわり、おどろくべきほど柔軟で、融通の効くところがあって、どうにでも捏ねられる。「杓子定規」などという弊には絶対に陥入らない。「節」なんてものは、われわれがとっくの昔に蝉脱してしまった小児病である。「性根」なんてものは、いやしくも一人前の日本人諸君の間に伍して一人前の日本人らしい気持になろうと思ったら、マア濫りに人に出して見せたりしないのを以て策の最も当を得たるものとなす種類の美徳、というよりはむしろ不徳である。如何となれば、いったい性根とか節とかこだわりとか云ったようなものには「当り触り」がある。ところが軟体動物同志の間では、当るとかさわるとか云うことがいちばん不可んのである。どんなひどい事をしたってかまわない――ただ摩擦だけは絶対厳禁ですぞ!
 たとえば、今日の会議は七時カッキリに始まることになっているのに、もう八時を打ったというのに席について待っているのはあなた一人だけで、ほかの連中はまだ一人も姿を見せなくても、不服など云ってはいけない。むしろ軟体動物共に生きているのだということを深く反省したまえ。  とにかくマア時に順じ事に応じて円転滑脱、なには扨て措いても新聞というやつだけはまるでクリスチャンが聖書を奉読する如くに奉読し、以て時代性に通暁習熟すべし:如何となれば時代性は国民性の代用品だからである。

Saturday, January 8, 2022

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著

應用英文解釋法

東京英文週報社發行


(p. 187-221)


範例

I

(a) She smiled a bright smile.

(b) She dreamed a happy dream.

(a) 彼女はあでやかな微笑を浮べた。

(b) 彼女は樂しい夢を見た。


II

(a) He swore a dreadful oath.

(b) He fought his last battle.

(a) 彼は恐ろしく罵つた。

(b) 彼は最後の戰を戰つた。


III

(a) He shouted applause.

(b) She smiled approval.

(a) 男は聲を揚げて喝采した。

(b) 女はほゝゑんで滿足を表した。


IV

(a) He laughed his loudest.

(b) She smiled her brightest.

(a) 男は最も聲高く笑つた。

(b) 女は最もあでやかな笑顔をした。


V

(a) She footed it all the way.

(b) He fought it out to the last.

(a) 女は向うまで歩いた。

(b) 男は最後まで戰つた。


解説

 Intrasitive Verb の中にはそれと語原を同じうする Noun (又は、語原は同じうせずとも意義相通ずる Noun)を伴ひ、宛ら Transitive Verb 對 Object の如き形を爲す事あり、之を Cognate Object (同種目的)と稱す。

 但し Intransitive Verb は其性質上 Object を有せざるを以て、こゝに Object と稱するは單に形式上よりするものにして實際は Adverbial Adjunct なりと論ずる者もあり。[註二]参照。


I. Verb と同語原のもの。

  例へば

   (a) She smiled a bright smile.

   (b) She dreamed a happy dream.

   (c) He fought a hard fight.

   (d) He slept a sound sleep.

   (a) 彼の女はあでやかな微笑を浮べた。

   (b) 彼の女は楽しい夢を見た。

   (c) 彼は烈しい戰をした。

   (d) 彼は熟睡した。

等に於ける Cognate Object の smile, dream, fight, sleep は smiled, dreamed, fought, slept なる Verb を語原を同じうするものにして Cognate Object 中、代表的のものなり。

II. Verb と意義ゝくして形異なるもの。

 例へば

   (a) He swore a dreadful oath.

   (b) He fought his last battle.

   (c) He struck a fatal blow.

   (d) He acted his part well.

   (a) 彼はおそろしく罵つた。

   (b) 彼は最後の戰を戰つた。

   (c) 彼は致命的打撃を輿へた。

   (d) 彼はその役目をよくつとめた。

等に於ける Cognate Object の oath, battle, blow, part は swore, fought, struck, acted の Cognate Object なる swearing, fight, stroke, act の代りに用ひられたるものなり。即ち、次に示すが如く (a) は (b) の代りに用ひられたるものなり。

   He swore a dreadful oath (a).

                                  swearing (b).

   He fought his last battle (a).

                                fight (b).

   He struck a fatal blow (a).

                               stroke (b).

   He acted his part (a) well.

                         act (b) well.

III. Noun の現はさむとする性質を以て直に Noun に代ふるもの。

 例へば

(a) He shouted applause.

(b) She smiled approval.

(c) She nodded her assent.

(d) He looked his anxiety.

(a) 彼は聲を揚げて喝采した。

(b) 彼はほゝゑんで滿足を表した。

(c) 彼は頷いて同意を表した。

(d) 彼は心配を面に表はした。

(a) He shouted a shout of applause.

(b) She smiled a smile of approval.

(c) She nodded a nod of assent.

(d) He looked a look of anxiety.

の a shout of, a smile of, a nod of, a look of を省略せるものなり。


IV. Superative の Ajective の次に Noun を省略するもの。

 例へば

  (a) He laughed his loudest.

  (b) She smiled her brightest.

  (c) She cried her hardest.

  (d) She breathed her last.

  (a) 彼は最も聲高く笑つた。

  (b) 彼は最もあでやかな笑顔をした。

  (c) 彼は最も烈しく泣いた。

  (d) 彼は縡切れて了つた。

  (a) He laughed his loudest laugh.

  (b) She smiled her brightest smile.

  (c) She cried her hardest cry.

  (d) She breathed her last breath.

の laugh, smile, cry, breath を省略せるものなり。


V. Pronoun の It を以て Noun に代ふるもの。

 例へば

  (a) He kings it well.

  (b) She queens it well.

  (c) He lords it over the others.

  (d) He fought it out to the last.

  (a) 國王振りがうまい。

  (b) 女王振りがうまい。

  (c) 彼は獨り威張つて居る。

  (d) 彼は最後まで戰ひ果せた。

の如し、即ち

  (a) kings it

   = kings the king.

   = plays the king.

   = plays the part of the king.

   國王を演ずる。

   國王の風をする。

  (b) queens it.

   = queens the queen.

   = plays the queen.

   = plays the part of the queen.

   女王を演ずる。

   女王の風をする。

  (c) lords it over.

   = lords the lord over.

   = plays the lord over.

   = plays the part of the lord over.

   = domimeers over.

   殿様を演ずる。

   殿様振る。

   威張る。

  (d) fought it.

   = fought the fight.

   戰を戰つた。

――――――

 [註一]Verb の Voice (相)を改め Active を Passive とする時は Cognate Object は Subject となる。

 例へば

  He drunk her health.

  彼は女の爲に祝杯を擧げた。

  He fought his last battle.

  彼は最後の戰を戰つた。

を改めて Passive とする時は

  Her health was drunk.

  彼の爲に祝杯が擧げられた。

  His last battle was fought.

  彼の最後の戰が戰はれた。

となり Cognate Object の health, battle は Subject となる。

 [註二]Cognate Object の或るものは Adverbial Objective と見る事を得。從て Adverb, Adverbial Phrase に等しき用をなす。

 例へば

  She smiled a bright smile.

  =She smiled brightly.

  彼女はあでやかに微笑した。


  She slept a sound sleep.

  = She slept soundly.

  彼女はよく睡つた。


  She talked her fill.

  = She talked to her heart's content.

  彼は心ゆくまで物語つた。

等の如し。

[註三]Cognate Noun を Object とする Verb の中には特殊の意味を有する他の Verb を以て直に之を代ふるものあり。

 例へば

  (a) He groped his way.

  (b) He made his way by groping.

  彼は探り探り進んで進行つた。

  (a) He forced his way.

  (b) He made his way by force.

  彼は腕力を以て進んで行つた。

  (a) He fought his way.

  (b) He made his way by fighting.

  彼は戰ひ乍ら進んで行つた。

等に於ける (a) の groped, forced, fought は各一語を以て (b) の made+by groping, made+by force, made+by fighting の意を現はしたるものなり。故に Verb に特殊の意義の加はりたる點に於て普通のものと其趣を異にすと云ふ可し。

――――――

邦語との比較

  舞を舞ふ

  踊を踊る

  謡を謡う

  ねを泣く

  死を遂ぐ


用例

I

Verb と同語原のもの。


1. My companion smiled an enigmatical smile.

 C. Doyle

 我が友が謎のやうな微笑を洩した。

2.  She smiled her loathsome smile, and called me.

 Turgenev

 彼女はいやな笑顔をして私を呼んだ。

3.  And Gagin smiled again his gentle smile. I pressed his hand warmly.

 Turgenev

 而てガギンは再び優しい笑みを湛へた。私は固く彼の手を握つた。

4.  "And what you like to do for him?" inquired the lawyer, rubbing his chin and smiling a queer smile.

 Mrs. Burnell

 「一體、あなたは其人の爲にどうしたいと云ふのです?」辯護士は腮を撫で、妙な笑みを浮べ乍ら問うた。

5.  He smiled the same smile again, and added, "Since you are Madame Pontmercy, I may fairly be Monsieur Jean."

 V. Hugo

 彼は再び同じ笑顔をして語を加へた。「そなたはモンメルシ夫人ぢやから、わしはヂヤン氏で差支無からう」。

6.  She dwelt upon every feature until, if the lips had opened and smiled a mocking smile at her, she would not have felt greatly surprised.

 C. M. Braeme

 譬へ其唇が開いて嘲りの笑みを浮べても、さまで驚きはすまいと思はれるまで、彼女はぢつと相手の顔を眺めて居た。

 dwelt (= kept her attention) upon をぢつと眺めて居た。feature 耳目**(二字不明)等。

7.  I laughed a mocking laugh of derision.

 J. E. Muddock

 私は嘲笑(あざわらひ)をいた。

8.  The beautiful yound heiress laughed a bright, triumphant laugh.

 M. Clay

 美しい娘は快活な誇りがな笑をした。

 heiress 家附娘、一人娘

9.  But the old man only laughed a dreadful laugh, and made no reply.

 H. R. Haggard

 併し老人は唯恐ろしい大聲で笑つたが何とも返事はしなかつた。

10. She laughs a low contemptuous laugh, that even makes his blood run hotly in his veins.

 The Duchess

 彼女は低い聲で侮蔑を帯びた笑を洩したので、男の血は更に熱して來た。

 makes his blood run hotly in his veins 血管の中に血を熱く流れしむ。

11. She laughed again, that sweet, musical laugh which seemed to come only from a happy heart.

 M. Clay

 彼の女はまた、愉快な心からしか出ぬやうな、可愛い、音樂のやうな笑をした。

12. Acia looked down, and laughed a soft light-hearted laugh; I had never heard such a laugh from her.

 Turgenev

 アシアは俯向いて、優しく快活に笑つた。アシアのこんな笑聲は今までに聞いた事は無かつた。

13. She laughed the low, happy, contented laugh that sounded like the sweetest music in his ears.

 M. Clay

 女は低い聲で嬉しさうに滿足さうに笑つたが、男の耳には妙へなる樂の音と響いた。

14. Laughing a dreadful maniac laugh, she puts her hand to her girdle and drew her great knife from it.

 狂女のやうに恐ろしくゲラゲラ笑つて、帯に手を掛け、大洋刀を引き出した。

――――――

15. In all probability every one is abed, and now sleeping the sleep of the just--all except him.

 The Duchess

 恐らく人は皆寝てしまつて今や正義(者)の眠に就いて居るであらう――彼の外みな。

 In all probability 多分。abed (=in bed) 床に就いて、臥して。

16. Sleep, my son the sleep of the just; and see what I will do for you when daylight comes to help us both.

 W. Collins

 我が子よ正義(者)の眠に就け、而して夜が明けて我々二人を助ける時に、私はお前に對しどんなことをするかを見よ。

17. Through it all Lord Charlewood slept the heavy sleep of exhaustion and fatigue, and it was the greatest mercy that could have befallen him.

 M. Clay

 チヤールウツド卿は、夜の明くるまで、疲れてよく眠つたが、實にその眠こそ最大な天の惠と云ふ可きであつた。

 that could have befalled him 彼の身の上に起り得たうちの

――――――

18. While its words were still upon my lips I dropped asleep and dreamed a most dreadful dream.

 H. R. Haggard

 其言がまだ唇の上にある間に私は眠て了つて、實に恐ろしい夢を見た。

 still upon my lips まだ云ひ終らぬこと。

19. Had Goodman Brown fallen asleep in the forest and only dreamed a wild dream of a watch-meeting?

 N. Hawthorne

 グツドマン・ブラウンは森の中で眠つて了つて唯魔女の集會の凄い夢を見た丈で有らうか。

 fallen asleep 眠つて了ふ。watch-meeting 魔女が集りで夜明かしすること。

20. The lovely damsel flattered him and said: "Everything is known to thee, O Tsar, and without thee I cannot interpret a very hard dream I have dreamed; wilt thou interpret it for me?"

 R. Nisbet Bain

 美しい娘は皇帝に敬禮をして申しますには「陛下よ、陛下は何事も御存じで居らせられます。陛下に伺はなければ私の見ました恐ろしい夢は迚も解く事が出來ませぬ。どうぞ、私の爲にその夢をお解き下さいませ」。

 Tsar 皇帝

21. I thanked her for the suggestion, assured her that I should be delighted, and throwing myself on the couch I fell to dreaming pleasant dreams as I watched the smoke from my pipe curl ceilingward.

 J. E. Muddock

 私は其の言に對し彼女に感謝し、それは誠に難有いとお禮を云ひ、それから床の上に寝てパイプの煙が天井に上つて行くのを眺めながら、愉快な夢を見始めた。

 suggestion 相手の氣のつかざる事などを傍から注意してやること。 throwing myself 「身を投じて」即ち「ねて」。fell to (=began) 「……し出した」。

22. I worked slowly, singing sledge songs all the while.

 N. E. R. IV.

 私はその間始終、橇歌をうたひながらそろそろ働いて居た。

 all the while その間ずつと。

23. They drunk wine, and sang songs, and rode merrily to the battle-field.

 P. Parley

 彼等は酒を飲み歌をうたひ、笑ひ興じ乍ら戰場に向つた。

――――――

24. In this fashion, they avoid the wedding calls of the curious, and drink deep draughts of pure country air.

 Max O'Rell

 斯くの如くにして彼等は、物好きの人々の新婚訪問を避け、純粋なる田舎の空氣を十分に吸ふのである。

25. He dipped in his water-bottle and drunk, while Meek-eye, lying down, stretched out his long neck, and greedily suck up great draughts of the cool water.

 彼れは水徳利を浸して水を飲んだ。其間にミークアイは横になつて其長い頸伸し、さも旨さうに冷たい水を盛んに飲んだ。

 dipped in 「浸した」。Meek-eye 駱駝の名。

――――――

26. And so Ivan the Tsarevich lived a joyous life, and waxed rich and prosperous.

 R. N. Bain

 そこで皇子のイヴァンは愉快に暮し、金持になり、榮えて來た。

 Tsarevich 露國皇子 Czarevich とも綴る。

27. He could have borne to live an undistinguished life, but not to be forgotten in the grave.

 N. Hawthorne

 彼は世に現はれぬ生涯を送る事は堪へられたが、墳墓に埋もれて忘れられて了ふ事は堪へ得られぬ所であつた。

28. Would life be worth living without the sweet presence of kind, cheerful, and amiable women?

 Max O'Rell

 親切、快活、柔和なる婦女子の愛す可き存在なくして、吾人は生を營む價値ある可しや。

29. Others prefer to go to Canada, India, or Australia as ladies' companions, rather than live an idle life at home.

 Max O'Rell

 他の者は本國に居て遊んで暮すよりは貴婦人のお相手となつて加奈陀、印度又は濠州へ行く事を欲する。

 than live は than to live なり(than の次には "to" を略するを常とす)。

30. Charles the Second had lived a careless and vicious life during his banishment, and his habits did not improve, now that he was on the throne.

 P. Parley

 チヤールス二世は其追放中不注意放埒の生活を營みしが其習慣は今王位に即くと云へども改まらざりき。

 now that (= since now) 今……したからと云つて。

31. Shinto priests are not obliged to give their lives up to their religion, nor to live lives of celibacy and ascetism, as the Buddhists are supposed to do.

 N. Y. Herald

 神官は、僧侶の如く、一生を宗教に捧げ、又は不娶難行の世を送る可きものとせらるることなし。

32. One of his tenets was that wealth did not consist in the vastness of the possessions, but in the limitation of desires, and he insisted that the most expeditious road was to live a prudent life.

 N. Y. Herald

 彼の教の一は富貴は財産の多きに在らず、欲望の寡きに在りと云ふことなりき。而して彼は「快樂に到の宰捷径は愼重なる生を營むに在り」と主張せり。

 consist in に存す(consist of の「より成る」と區別せよ)。but in の in は上の consist に係る。

33. Here the conversation died a natural death.

 T. B. Aldrich

 此所で談話は自然にやんで了つた。

34. "This man died no natural or easy death," said the surgeon.

 C. Dickens

 醫師曰く「この男は決して尋常に又は安らかに死んだのではない」。

35. Relief was granted him, and he positively died the death of a pauper.

 S. Smiles

 救恤が彼に輿へられたが、貧民と同じ最期を遂げて了つた。

36. They become miserly, think daily growing poorer, and die the deaths of beggars.

 S. Smiles

 彼等は吝嗇になり、日々貧しくなり、果ては乞食の最期を遂げる。

37. For it was a great and terrible thing, that the anointed sovereign should die the death, of a traitor.

 P. Parley

 正式に位に即いた君主が謀反人と同じ最後を遂げるのは重大なる恐る可き事で有るからである。

 anointed king 正式に王位を践みたる國王。anointed は「頭に油を濯ぎて聖別せられたる」(践祚の儀式なり)。

38. You burrow and rankle in his heart! Your clutch is on his life, and you cause him to die daily a living death, and still he knows you not.

 N. Hawthorne

 あなたはあのお人の胸に食ひ入つて、苦しめて居るのです。あなたはあのお人の命をあなたの手に握つて居るのです。で、毎日生き乍ら殺して居るのですが、本人はあなただと云ふ事を知らないのです。

 cause him to die 死なしむ。

39. I got hold of the right Smith at last--the particular Smith I was after--my dear, lost, lamented friend--and learned that he died a violent death.

 Mark Twain

 俺はとうとう本當のスミスを攫まへた。俺の捜して居たスミス。懐かしい、死んで了つた、人に惜しまれたスミスをつかまへた。そして彼も變死を遂げたのだと知つた。

 got hold of 攫まへた。right 本當の(「間違つた」の wrong に對す)。particular その。after (=seeking) 捜して。violent death 變死、*(一字不明)死(天壽を全うして死ぬる natural death に對す)。


II

Verb と異形同義のもの。

1.  The bells ring a merry peal.

 J. C. Nesfield

 鈴が快活に鳴り響く。

2.  She lived her finest tragedy.

 O. Wilde

 彼の女は最も美はしき悲劇の生活をした。

3.  It rained fire and brimstone.

 Rowe and Webb

 火や硫黄の雨が降つた。

 fire and brimstone を降らすと云ふ事は聖書路加傳十七章二十九節其他に多く之有り。

4.  The wind was blowing great guns.

 Rowe and Webb

 大風が吹いて居た。

 blowing great guns (= blow tempestuously, or with great violence) 烈しく吹く。

5.  I danced attendance at him daily.

 Rowe and Webb

 私は毎日彼の御機嫌取りをした。

 danced attendance on (= to wait on with obsequiousness) 御機嫌取りをする。

6.  He lives the poetry that he cannot write.

 O. Wilde

 彼は筆には書けない詩的生活を營んで居る。

7.  One morning as usual he kissed her good day, and set out in search of work.

 T. B. Aldrich

 或朝、彼(註 原文は「私」)はいつもの通り「今日は」と彼女(註 原文は「彼」)に接吻し、それから、仕事を探しに出掛けた。

8.  I was walking one evening on the quay at Saint-Malo. It was blowing a furious gale.

 Max O'Rell

 或晩私はセント・マローの波止場を散歩して居た。其時、烈しい風が吹いて居た。

9.  He wept as through his heart would break--tears that eased the burning brain, and lightened the heavy heart.

 M. Clay

 彼は胸が張り裂けるやうに泣いた。その涙は燃えるやうな頭を安らかにし、重い胸を輕くする涙であつた。

10. The pilot swore a formidable oath as he perceived the bonus to two hundred pounds slipping away from him.

 J. Verne

 水先案内人は二百磅と云ふ賞金が見す見す逃げて了ふのを見て「こん畜生!」と一喝した。

 to two hundred pound の to の前には amounting 有るものと見て「に上る」と譯す可し。slipping away するすると脱けて行つて了ふ。

11. Often the master would speak a cheering word to the dog, and she would wag her tail and bark a glad answer.

 N. E. R. IV.

 主人は幾度となく其犬を慰めてやつた。すると彼は尾を掉つて、喜んで返辭をした。

12. And, as it was blowing great guns from the sea, and pouring with rain, the noises of the storm effectually concealed all others.

 R. L. Stevenson

 而て海からは非常な風が吹き、雨は土砂降りに降つて居たから、その物音で他の音は全く聞えなかつた。

 all others は all other noises なり。

13. Kneeling down, I renewed my oath, and then, falling across the grave, wept tears of phosphorus, or some other scalding matter, for I had no ordinary tears to shed.

 J. E. Muddock

 私は跪いて、また誓をし、それから墓の上に突つ伏し、燐か何か焼けるやうな涙を流して泣いた。と云ふのは普通の涙は無かつたからである。

14. She would have been surprised could she have seen the beautiful face all wet with tears; for Philippa had laid her head on the cold stone, and was weeping such tears as women weep but once in life.

 M. Clay

 老女は涙で濕うて居るその美しい顔を見たなら驚いたであらう。と云うのは、フィリッパは冷たい石の上に頭を置き、女が一生一度しか泣かないやうな涙を流して泣いて居たからである。

15. There could not well be more ink splashed about it, if it had been roofless from its first construction, and the skies had rained, snowed, hailed, and blown ink through the varying seasons of the year.

 C. Dickens

 假にこの建物が出來た初から屋根と云ふものが無く、春夏秋冬絶え間なく、空からインキの雨、インキの雪、インキの霰が降り、インキの風が吹いて來たとしてもこれ以上インキが散つて居る事は無からうと思はれた。

 through the varying seasons of the year 春夏秋冬一年中。

16. I rose to leave the room, and fight her battle for her at once with Mr. Fairlie.

 W. Collins

 私は其室を去り、彼女に代つて直ぐにフェアリー氏と一と戰爭する爲に立ち上つた。

17. This night, however, Jean Valjean felt that he was fighting his last battle.

 V. Hugo

 けれども此夜ヂヤンヴァルジヤンは最期の戰をして居るものと思つた。

18. In 1793, he invaded Egypt, and fought many battles in the sandy deserts, and among the pyramids.

 P. Parley

 千七百九十八年に彼は埃及を征し、沙漠の中や金字塔の間で幾回も戰つた。

19. Alfred, who ascended the throne in 872, fought fifty-six battles with them, by sea and land.

 P. Parley

 アルフレツド王は八百七十二年に位に即いたが、海陸合せて五十六回彼等と戰をした。

20. On their way thither, they fought many battles with the Russians, and the weather was so bittler cold, that the snow was crimsoned with their blood, and the bodies of the slain were frozen stiff.

 P. Parley

 其處へ行く途中露西亞人と幾回も戰つたが、寒氣が烈しく雪は鮮血の爲に紅になり、戰死者の體は凍つて堅くなつて了つた。

――――――

21. I led the life of a vagabond for my own good pleasure.

 R. T. Stevenson

 私は自分の道樂の爲に無宿者の暮しをした。

22. He knew no future then, no kind of life except the life he led.

 H. G. Wells

 當時人間は未來と云ふものを知らなかつた。其時の生活の外、生活と云ふものを知らなかつた。

23. But the boy had pluck and determination, and would not lead a useless life.

 O. S. Marden

 併し此少年は勇氣と決意とを有し、徒爾の生活を欲しなかつた。

24. She married badly--handsome, reckless, ne'er-do-well, who led her sa most wretched life.

 M. Clay

 彼は結婚したが仕合わるく、相手は美男ではあつたが、不身持なる男で、實にみぢめなる世を送つて居た。

25. I at once concluded that Straker was leading a double life, and keeping a second establishment.

 C. Doyle

 ストレーカーは二重生活をして居て、第二の家を持て居るものと私は忽ち判断した。

26. They could no longer lead ordinary lives nor content themselves with the common things of this world once they had heard this voice.

 H. G. Wells

 彼等が一と度この聲を聞くや、もう普通の生活は出來なくなり、この世の普通のものには滿足が出來なくなつた。

 once この前に有る可き when が省かれ once が when の役目をなし Conjunction となりたるものなり。

27. "I've led a quiet life in the army," answered Jones, slowly, and apparently letting his mind wander back over the half-forgotten scenes.

 H. Carruth

 「軍隊では至極平穏な生活をしたのさ」とジョンスは徐ろに、そして忘れかけてる昔の事を思ひ浮べると云つた風に答へた。

28. Dukes, Marquises, and Earls have married chorus-girl; great literary men and artists have married uneducated girls, and have led very happy lives with them.

 Max O'Rell

 公、侯、伯などの華族で、藝人を妻にし、有名な文士藝術家で、無教育の女を妻にし猶ほ且つ極めて樂しい生活を營んで居るものある。

――――――

29. The Sixteenth Minnesota played an important part.

 H. Carruth

 ミネソタ十六聯隊は大事な役目を務めた。

30. Pepper Whitcomb, who played all the juvenile and women parts, was my son.

 T. B. Aldrich

 子供と女の役割を皆演じたペツパー・ホイツトコームは私の子であつた。

31. If we are to be a really great people, we must strive in good faith to play a great part in the world.

 T. Roosevelt

 吾人もし眞に偉大なる國民たらんとせば實際世界に於て偉大なる役目を盡さんと務めざるべからず。

32. But because we set our own household in order we are not thereby excused from playing our part in the great affairs of the world.

 T. Roosevelt

 吾人が自己の家屋を整頓するからと云つて其れが爲に世界の大事件に臨んで自己の任務を盡すことを免るべきではない。

――――――

33. Then he returned and played host to the famous Signor del Marco.

 G. R. Sims

 それから彼は歸つて來て、有名なマルコ氏に對して主人役をつとめた。

34. He has a look of amazement, and plays the brute-beast, which is better.

 V. Hugo

 彼はあきれた顔をして、獣の眞似をして居るが其方が良い。

 which is better の which は play the brute-beast なる clause を受く。

35. She knows that her husband is not a gentleman, and she does not try to play the lady.

 Max O'Rell

 彼の女は夫が紳士でない事を知つて居る。だから貴夫人を眞似ようとはしない。

36. Now, we know that life is only a stage to play the fool upon as long as the part amuses us.

 R. L. Stevenson

 して見るとこの世は唯、一つの舞臺のやうなもので、面白いと思ふ間丈け、その上で道化役を務める所だ。

 a stage to play the fool upon = upon which to play the fool. the part は the part of the fool (道化者の役目)なり。

37. He drew his sword, and said, "I have long enough played the Emperor--I must be the general once more."

 J. G. Lockhart

 奈翁は劍を抜いて曰く「余は久しく皇帝を演じた。……再び将軍にならなくてはならぬ」。

38. Accustomed to play the host in the highest circles, he charmed and dominated all whom he approached.

 R. L. Stevenson

 上流社會で主人役を務める事にはかねがね慣れて居たので、彼は會ふ人を皆魅して了つて、我が思ふまゝにした。

 the highest circles 最上流の社会。

39. "She must not play the fool with me," he shouted, "or I'll let her brat fall like a bombshell into her hiding-place."

 V. Hugo

 彼は叫んだ「わしはあの女に馬鹿にされては居ない。若し馬鹿にするなら、あいつの餓鬼を弾丸のやうにその隠場所におとして呉れる」。

40. In such cases people sometimes do stranger things than to act the magician, and awaken a young man to splendour who fell asleep in poverty.

 N. Hawthorne

 人間と云ふものは斯う云ふ場合に、得て魔法使よりも不思議な事をするもので、貧乏で眠った人を榮華な身分に目覺ますと云ふことがあるものだ。

 to play the magician 「魔術を行ふ」と云ふに同じ。awaken a young man...in poverty 眠つた時には貧乏であつたのを眼覺めた時には榮華の身の上にする。

41. Murat was moreover jealous of the extent to which his queen was understood to be playing the sovereign in Naples, and he threw up his command.

 J. G. Lockhart

 ムラーは妃がネープルスに於て盛に元首を氣取つて居るときいて、猜忌の心を起し、指揮官をやめて了つた。

 extent to which his queen was understood to be... 「妃が……して居るとせられたる程度」「即ち大に妃が……して居ると云ふこと」

42. The Ass, again playing the knave, when he reached the stream, fell down on purpose, when the sponges becoming swollen with the water, his load was greatly increased.

 Æsop's Fables

 騾馬は川に近づくとまた惡者になつて、わざと倒れた。すると海綿は水がしみて脹れ上つたから、荷物は非常に大きくなつた。

 on purpose (=purposely) 故意に、わざと。

43. An olive complexion, deep set eyes with shaggy eye-brows, and dark hair, are likewise my physical characteristics, so I am enabled to play the role of the Jew with considerable success.

 G. R. Sims

 オリヴ色の皮膚、落ち込んだ眼、澤山の眉毛、黑き髪、これまた私の身體上の特質である。だから私は中々うまく猶太人の役目が出來る。

44. As to this reptile, who had acted the priest so cleverly and told me so much of his parish and his mother, he, of course, had known where the ambuscade was laid, and had attempted to put me beyond all resistance at the moment when we reached it.

 C. Doyle

 あんなに巧に坊主の眞似をし、寺領や母親の事を色々話したこいつはと云ふに、無論伏兵のある所を知つて居たので、其處へ來た時に私を全く抵抗の出來ぬやうにしやうと企てたのであつた。

 reptile は「蛇」「蛙」等の爬虫類の意より「卑劣漢」となる。to put me beyond all resistance 全く抵抗が出來ないやうにする。it は ambuscade を指す。

――――――

45. Let Friar John, in safety, still

  In chimney-corner snore his fill.

 W. Scott

 フライヤー・ジヨンをして其の爐邊に安心して十分鼾睡せしめよ。

46. Presently the cubs had eaten their fill, and began to get restless.

 H. R. Haggard

 直ぐに獅子の子は腹一杯食べて了つて、ぢつとして居られぬやうになつた。

 to get restless 落着がなくなる。

47. They sat together that long summer's day,

  And could not talk their fill.

 F. Magaret and S. William

 彼等は其の長き夏の日を、共に坐しては居たが、心ゆく限り物語る事は出來なかつた。

48. And every one on board ate and drunk his fill and lay down and slept heavily.

 R. N. Bain

 船の中の者は皆たらふく食つたり飲んだりして、ねてはぐうぐうよく眠りました。

49. And the land shall yield her fruit, and ye shall eat your fill, and dwell therein in safety.

 Lev. XXV.

 而して地はその産物を出さん。汝等は飽くまで食ひて、安泰に其處に住むことを得べし。

50. There they ate and drunk their fill one whole day, and the next day they got up and went toward the golden mountain.

 R. N. Bain

 其處で彼等は、まる一日、鱈腹食つたり飲んだりして、其翌日起き上つて、黄金(こがね)の山の方に行きました。

51. He lifted the rifle, and the roan-coloured buck, having drunk his fill, raised his head and looked across the river.

 H. R. Haggard

 彼れはライフル銃をあげた。すると栗色の牝鹿は十分水を飲み終つて頭をあげ、川越しにこちらを眺めた。

52. 'Twill be better to make the exchange; at any rate we shall always be able to eat and drink our fill without the least trouble.

 R. N. Bain

 交換する方が善からう。兎に角、私共はいつでも何の雑作もなく十分食つたり飲んだりすることが出來るのです。

 at any rate 兎も角。without the least trouble 少しも面倒はなく、極無造作に。

53. The little fox ran to little Kuz'ma and bade him roast another fowl, ate her fill of it, and ran off again to the fenced meadows of the Tsar.

 R. N. Bain

 小狐はクズマの所へ走つて行き、もう一羽鳥を燒かせて、それを腹一杯食べて、また、皇帝の垣のしてある牧場へ走つて行きました。

54. But the Tsarevich, like a hungry wolf, looked out from his hiding-place at the Tsarevna, he could not take his eyes from her, and look as he might he could not look his fill.

 R. N. Bain

 併し皇子は飢ゑた狼のやうにその隱れ場所から皇女を眺め、眼を離すことが出來ませんでした。そしてどんなに眺めても充分眺めることは出來ませんでした。

 look as he might (= however he might look) どんなに眺めても

55. Noting these signs of respect, I may even say affection, I had the body set upright against one of the pillars of the choir, where each and all might come and gaze their fill.

 A. M. Dumas

 人々が斯やうに敬意(いや、愛情と云つてもよい位だが)を表するのを見て、私は誰でも來て充分眺められるやうに柱の一本にその死體をもたせかけた。

 I may even say affection 「愛情(の徴候)と云つてもよい位」にて I may even say は I was about to say や I had almost said などと同じく挿入句なり。

56. The stag at eve had drunk his fill,

  Where danced the moon on Monan's rill,

  And deep his midnight had made

  In lone Glenartney's hazel shade.

 W. Scott

 月がモーナンの小川の波に躍る所で、牡鹿は夕暮に十分水を飲み、淋しきグレナートニーの榛の木蔭に、その眞夜中の臥床を深く作つた。

――――――

III

Noun の表はさむとする性質を以て直にその Noun に代ふるもの。

1.  Hendrika grunted assent.

 H. R. Haggard

 ヘンドリカは唸つて同意を示した。

2.  The old man nodded assent.

 A. Dumas

 老人は頷いて同意を表した。

3.  She lived her finest tragedy.

 O. Wilde

 彼女は最も立派な悲劇生活をして居る。

4.  I bowed assent, for I could not speak.

 W. Irving

 私は物が云へなかつたから、頭を下げて承諾の意を示した。

5.  Miss Temple had smiled approbation.

 C. Bronte

 ミス・テムプルはにつこり笑つて賛成の意を表した。

6.  He lives the poetry that he cannot write.

 O. Wilde

 彼は筆には書き得ないが、詩的の生活をして居た。

7.  His blue eyes flashed suspicion at me.

 C. Doyle

 彼の碧い眼は私を見てピカリと光つたが、それは私を疑つて居る意味である。

8.  Both waved a farewell to him, and little Frank sobbed to leave him.

 W. M. Thackeray

 二人は手巾を振つて彼に別を告げたが、フランクは泣いて別れを惜んだ。

9.  Prince di Borgezi smiled approval of the young lady's reply.

 C. M. Braeme

 ボルゲジ公はニツコリ笑つて、令嬢の返辭に感心した意を示した。

10. The gold spectacles quivered with embarrassment, and glared indignation.

 W. Baynham

 金縁眼鏡はどうしたものかとぶるぶると震え、憤怒の色を表はして眼を睜つた。

11. Oliver could make no reply, but looked his anxiety to be gone at once.

 C. Dickens

 オリヴァーは返辭を爲し得なかつたが、直ぐに歸りたいと云ふ様子を顔に表はした。

12. One morning as usual he kissed her good day, and set out in search of work.

 T. B. Aldrich

 或朝彼はいつものやうに「では行つて参ります」と接吻し、それから仕事を捜しに出掛けた。

13. I nodded my acknowledgements and hastily slipped the delicacy into my mouth.

 T. B. Aldrich

 私は頭をさげて禮を言ひ、急いで其菓子を口に入れた。

14. Stephen Letsom nodded assent, and sat down to listen to as strange a stroy as he had ever heard.

 M. Clay

 ステブン・レトスムは頷いて同意を示し、腰を掛けて實に不思議な話をきいた。

 as strange a story as (any) (如何なるものにも)劣らぬ不思議な話

15. Down this perilous descent he dashed, turning to wave defiance at the dragoons, who durst not follow.

 G. P. Quackenbos

 彼は振向いて手を振り「攫まへるなら攫まへて見よ」と龍騎兵を挑みながら、此危險な坂を走り下つたが、龍騎兵は追かける勇氣がなかつた。

16. Yes, he would be his lady's true knight, he vowed in his heart; he waved her an adieu with his hat.

 W. M. Thackeray

 然り、彼は愛する令嬢の眞の武士にならうと心中に誓つた。彼は帽を振つて彼の女に別れを告げた。

17. Often the master would speak a cheering word to the dog, and she would wag her tail and bark a glad answer.

 N. E. R.

 主人は*(一字不明)犬を慰めてやつた。すると彼は尾を掉つて喜んで吠へて返辭をした。

18. Bowing her acquiescence in this arrangement, fearing, indeed, to refuse, Dora follows the others from the haunted chambers.

 The Duchess

 ドラは實に斷る勇氣もなく、頭を下げて此相談に從つた意を示し乍ら、他の人々に就いて不開の間から出て行つた。

 haunted chamber 化物などの出ると云ふ部屋。

19. If I had been strong enough to sit up in my chair I should of course have bowed. Not being strong enough, I smiled my acknowledgements instead.

 W. Collins

 若し私が椅子に腰掛ける程身體が慥かりして居たら、私は無論頭を下げたのである。併し慥かりして居なかつたから、私は頭を下げないでにつこり笑つて感謝の意を示した。

 instead (of bowing) (頭を下げる)代りに。

――――――

Superative の Adjective の後に Noun を略するもの。

1.  We carried him to his bed. An hour after, he had breathed his last.

 Max O'Rell

 我々は寝臺の上に彼を連れて行つたが、一時間後にとうとう息を引き取つて了つた。

2.  But, for the second time, the Representatives did their best to ruin his undertaking.

 J. G. Lockhart

 併し代表者は又しても彼の計畫を破壊するに全力を盡した。

 maman 拂語の mamma, mother なり、但、本文にては實母の如き役目をなし居る親戚の女なり、「ばあや」は意譯なり。

3.  "You have not told me, maman," she said, "whether I am looking my best to-day."

 M. Clay

 「ばあや、お前まだ、今日はわたしが美しいとも何とも云はないのね」。

 for the second time (之を二度目として)また。

4.  Mr. Reed had been dead nine years: it was in this chamber he breathed his last; here he lay in state.

 C. Dickens

 リードが死んでから九年になる。彼が息を引き取つたのはこの室で、此所に彼は立派に葬禮仕度をしてねて居たのだ。

 had been dead nine years 死んで九年たつ。in state 立派に飾られて

5.  Laura Fairlie was in all my thoughts when the ship bore me away, and I looked my last at England.

 W. Collins

 船が私を乗せ去つた時、ローラ・フエアリーの事は忘れる事が出來なかつた。それで私は見納めに英國を眺めた。

6.  She is sure everything will go wrong, and she bothers the servants so much that there is a chance they will do their worst.

 Max O'Rell

 彼女は萬事がまづく行くだらうと思つて、餘り下女下男を叱るものだから、却てまづくやる處が有るのだ。

7.  They had passed the hill above the church-yard, when Lady Glyde insisted on turning back to look her last at her mother's grave.

 W. Collins

 彼等は墓地の上の山を通つた、その時グライド夫人はもう一度振り向いて見納めに母の墓を見たいと云つて肯かなかつた。

 insisted on と云つてきかなかつた。

8.  It is yesterday again since we parted--yesterday, since your dear hand lay in mine--yesterday, since my eyes looked their last on you.

 W. Collins

 私共が別れてからまた一日たちました。あなたの懐かしい手が私の手の中に横はつてからまた一日たちました。私の眼が見納めにあなたを見てからまた一日たちました。

9.  His own ill-favoured person, which was quite unmarketable, escaped without injury; but poor Wildfire unconscious of his price, turned on his flank and painfully panted his last.

 G. Eliot

 全く賣れる見込の無い不恰好の體は無事に逃れたが、不憫やワイルドファイヤは自分の價も知らず、ごろりと横になり、苦んで息を引き取つた。

 Wildfire 馬の名。on his flank 「横に」 on は on one's face (伏す) on one's back (仰向に) on one's belly (腹這ひに)などの on に同じ、flank の代りに side を用ふるもよし。

10. From the end of the sill, holding on by the reveal of the window with one hand, leaning and stretching my utmost, I caught the gutter, swung myself clear, and scrambled on the roof.

 A. Morrison

 片手で窓の横をつかまへ、體を傾け、出來る丈背伸びをして、向うの屋根の樋をつかまへて飛び移り、屋根に攀ぢ登つた。

11. He eyes his good lady with looks of great satisfaction, and begged, in an encouraging manner, that she should cry her hardest: the exercise being looked upon, by the faculty, as strongly condusive to health.

 C. Dickens

 彼は非常に滿足の體で内儀さんを眺め、いかにも勵ますやうに、どうか一生懸命に泣いて呉れと頼んだ。泣くのは衛生上非常によいと考へたからで。

 the exercise 泣くといふ事。condusive to 「に資するもの」「を助くるもの」。

12. He would blandly kiss his white mice, and twitter to his canary-birds amid an assembly of English fox-hunters, and would only pity them as barbarians when they were all laughing their loudest at him.

 W. Collins

 彼は狐狩りをする英國紳士の中で優しく白鼠に接吻したり、カナリヤに囀つて見せたりして、皆が彼を見て大きな聲で笑つたりすると、あれは野蠻人だと憐んで計り居た。

13. He, too, ran his very best; but, try as he might, the physical advantages were not upon his side, and his outcries and the fall of his lame foot on the macadam began to fall further and further into the wake.

 R. L. Stevenson

 彼はまた一所懸命走つた。併し如何に走つても體力上の利益は彼の方には無かつた。而して彼の叫ぶ聲と彼の足で石道を走る音は段々あとになつて來た。

 try as he might (=however he might try) 如何に努めても。 fall...into the wake あとになる。

14. Heaven and earth smiled their brightest, the sunshine was golden, the autumn flowers bloomed fair, the autumn foliage had assumed its richest hues of crimson and of burnished gold; there was a bright light over the sea and the hill-tops.

 M. Clay

 天地はあでやかに笑を浮べ、日の光は金色に照り輝き、秋草は咲き亂れ、秋の木の葉は錦を織り、海にも山にもはれやかな光が漲つて居た。

 had assumed...of burnished gold 紅と磨いた黄金の最も美しい色彩を帯びた。

15. Never find fault with a new dress, especially if it is a costly one; because as she wants to please you and to appear her best for you, she will never again wear that dress, and you will have to buy her new one. Praise that dress, old man. Be sure that you do.

 Max O'Rell

 新しい服は決して貶(けな)してはいけない。價が高ければ猶さうである、といふのは他ではない、細君といふものは諸君を喜ばせ、諸君に對して最も美しく見えやうとするのだからか、けなすとその服は二度とは着なくなつて了ふ。從つて諸君は新しいのを買つてやらねばならない。だから諸君はその服を賞めるがよろしい、必ず賞めるが善い。

 find fault with 非難する、けなす。old man 親仁、大将、君(親しみ呼ぶ語)。Be sure that you do (=praise) 必ず賞めよ。

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Pronoun の It を以て Noun に代ふるもの。

1.  We boated it.

 短艇で行つた。

2.  We cabbed it.

 辻馬車で行つた。

3.  We coached it.

 馬車で行つた。

4.  You will have to rough it.

 Rowe and Webb

 君は難儀せねばならない。

 rought it 難儀する。

5.  Lord Angelo dukes it well.

 Shakespeare

 エンジエロ公は侯爵振りがうまい。

 dukes 侯爵の風をする。

6.  Courage, father, fight it out.

 Shakespeare

 父よ、しつかり、何處までも戰ひ果せよ。

7.  He carries it with a high hand.

 Rowe and Webb

 彼は高壓的にやる。

 with a high hand 高壓的に

8.  She is inclined to lord it over brothers.

 彼の女は弟共を威張つて使はうとして居る。

 lord it over に對して威張り散らす、傲慢に振舞ふ。

9.  We will train it from New York to Albany.

 紐育からアルバニまで汽車に乗らう。

10. We will walk as far as we can, and then train it.

 出來る丈け歩いて行つて、それから汽車に乗らう。

11. "Surely, my dear, you jest," cried my wife; "we can walk it perfectly well: we want no coach to carry us now."

 O. Goldsmith

 「あなた御戯談でせう、結構歩けますわ、馬車など要りません」と妻は云つた。

12. We therefore decided that we would sleep out on fine nights; and hotel it, and inn it, and pub it, like respectable folks, when it was wet, or when we felt inclined for a change.

 Jerome K. Jerome

 それ故晴天の晩には野宿し、雨が降るか、變化が有つたがいゝと思ふ時には、世間の立派な人達がやるやうに、ホテルに泊つたり、旅館に泊つたり、宿屋に泊つたりすることにした。

 pub は public-house (宿屋)の略なり。

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特殊の Verb を以て "make" に代ふるもの。

1.  The archer then took leave of his mother-in-law and wended his way homeward.

 R. N. Bain

 射手は養母に暇を告げて家の方に行きました。

 took leave of に暇を告げた。

2.  Going from house to house, she wends her way up and down the dark halls of the tenements.

 * (一語不明) Magazine

 彼女は戸毎に訪れて、共同家屋の暗い廊下をあちらこちらと歩く。

3.  Sometimes, when I wend my way, stool in hand, down the dell, I meet the villagers returning from their labors.

 J. E. Maddock

 折々わしは腰掛を手にして澤を降つて行くと、村人の仕事から歸つて來るのに會ふ。

 stool in hand 「腰掛を手に持て」初に with を補ひ見よ、この場合には hat in hand, pencil in hand の如く hat, pencil, hand 等に多くは article を附せず。

4.  The long procession wended its way slowly amongst the trees, and before long the last of it disappeared in the depths of the forests.

 J. Verne

 長い行列は木の間を分けて徐々と進んで行き、程なくして最後の者も森陰深く姿を隠した。

 depths 「奥」又は「底」の意の時は斯く複数形なるに注意せよ、depths of the sky, depths of the eyes, depths of the chair 等皆然り。

5.  Reluctantly, yet with a certain amount of curiosity to know what it si he may wish to say to her, Dora wends her way to the gallery to keep her appointment with Arthur.

 The Duchess

 氣は進まぬが、併し話したいと云ふのは何だらうかと、幾らか好奇の念に驅られて、ドラはアーサーとの約を守つて廊下に行く。

 to keep her appintment 約を履む爲に。

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6.  Some well-known chiefs went the rounds, tha is to say, ran from the one to the other to collect their followers.

 V. Hugo

 名高い頭は所々方々を廻り歩いた。換言すれば、手下を集める爲に甲の地より乙の地へと走り歩いた。

 that is to say (= in other words) 換言せば。

7.  He was a dentist going his rounds, who offered the public complete sets of teeth, opiates, powders, and elixirs.

 V. Hugo

 彼は方々を廻り歩く齒抜きで、入齒、今治水、齒磨粉、不老藥など賣る男であつた。

8.  Perhaps it was this invariable custom of walking her rounds in the hush of midnight, that caused the superstition of her times to invest the old woman with attributes of awe and mystery.

 N. Hawthorne

 當時の迷信をして怖ろしき事、不可思議なる事の種々の性質をこの老女に帶ばしむる至つたのは彼女が深夜人靜つてのち間毎々々を廻り歩くと云ふこの不斷の習慣の爲で有らう。

9.  The first was a venerable and white-bearded patriarch, who cautiously felt his way downward with a staff.

 N. Hawthorne

 第一番目は尊敬す可き白髯の老人で、杖を以て探り探り、用心して下りて來た。

10. There might be several conveniences attending this course: the weaver had possibly got a lantern, and Dunstan was tired of feeling his way.

 G. Eliot

 さうやつたら、都合のよい事が色々有らう。第一、機織(はたをり)のサイラスは角燈を持て居るかも知れぬ、そしてダンスタンはもう探り探り歩くのがいやになつたからである。

11. A female figure (or a figure dressed up so as to look like a female), clothes in white, with long dark hair streaming down her back, was feeling her way, rather than wandering up and down, between the rows of graves, and with her hands stretched out before her, seemed to be muttering or murmuring to herself.

 F. Marryat

 白装束で長い黑髪の背なに下つて居る一人の女(か、または女に見えるやうに粧うた姿)が、立ち並んで居る石碑の中をあちこちとさまよふ、と云ふよりは寧ろ、探りさぐり歩いて居た。そして兩手を前の方に差し伸べて、何か低き聲で獨りごとを云つてるやうであつた。

12. A baby wailed fretfully in an adjoining room, and after a long, heart-broken look at the set, unbending face of her husband, she groped her way blindly through the door.

 M. R. Rinehart

 隣の部屋で赤子のむずかつて泣く聲が聞えた。すると女は暫くの間、悲みに堪へないやうに夫の動かない頑固な顔を眺め入つたのち、殆ど眼も見えぬ計り悲歎に暮れて、探り探り部屋を出た。

13. The door, or rather what was left of it, stood ajar, for the convenience of the numerous lodgers; and he proceeded to grope his way up the old and broken stair, to the attic story.

 C. Dickens

 戸、否むしろ戸の名残とも云ふ可きものは、多く合宿人の便宜の爲めに少し開いて居た。男は古いやれ梯子を探り探り、屋根部屋にと登つて行つた。

――――――

14. In a short time afterwards the vessel was ploughing her way at full speed down the Red Sea.

 Jules Verne

 其後暫くして船は紅海のの浪を分けて全速力を以て進航して居た。

 at full speed 全速力で。

15. One day, in the snowy winter of 1852, I met Thackeray sturdily ploughing his way down Bacon Street with a copy of "Henry Esmond" (the English edition, then just issued) under his arm.

 T. Fields

 千八百五十二年の雪の冬の一日であつた。自分はサツカリがヘンリ・エズモンド(其時、出版になつた計りの英國版)の一冊を携へ、ベイクン街をこなたに雪を蹴つてつかつかと歩いて来るのに出會つた。

 Henry Esmond は History of Henry Esmond と云ひ Thackeray の傑作の一なり。

――――――

16. We were in time, however, to obtain the front seats which had been reserved for us, and into which, with some little difficulty, we elbowed our way.

 E. A. Poe

 けれども自分等の爲に取つて有つた前の方の席に入るには間に合つたが、群衆を押し分けてやつとそこへ行つた。

17. He wanted to be alone with them; he elbowed his way out almost fiercely, he made himself as angular and bony as a cow, fearing lest some one should  speak to him, lest some one should invade his glowing sphere of enthusiasm.

 H. G. Wells

 彼は彼等とのみ一緒に居る事を欲した。彼は殆ど猛烈に群衆を押し分けて外に出て、誰も言を掛けないやうに、誰も光焔を放つやうな熱心の自分の世界を襲はないやうにと、牛の様に體を角(かど)ばらせ、骨ばらせて居た。

 fearing lest   fear, dread, afraid 等の次の lest は that (事)と解す可し。his sphere 自分の入つて居る世界、天地(他人の窺ふを許さぬ意あり)。

――――――

18. It forced its way, in spite of a little struggle to repress it.

 N. Hawthorne

 彼の女は息を出すまいと幾らか努力したがとうとうその息は洩れた。

 In spite of に拘らず。

19. Some one was hurriedly forcing his way through this group and coming toward him.

 Mrs. Burnett

 誰れか急いで群衆を押分け彼の方へやつて來た。

20. Quitting Talbot abruptly, I made every effort to force my way into close proximity with Madame Lalande.

 E. A. Poe

 急にタルボツトの側を離れ、是非共ラゝンド夫人の近くへ行かうと一生懸命努力した。

 Into close proximity 直ぐそばに。

 21. Slowly the purpose of my words seemed to force its way through the confusion and agitation of her mind.

 W. Collins

 君の言の意味が混亂して居る彼の女の心の中へそろそろと入つて行くやうに見えた。

22. Suddenly a lame old frog croaking forced its way to the front and said, "Kwa, kwa; I know where this marvel is to be found."

 R. N. Bain

 突然一匹の跛の古蛙が群衆を押し分けて正面に現はれ、「クワ、クワ、わしはこの不思議の有る所を知つて居ます」と云つた。

 Kwa, kwa 蛙の鳴聲なり。

23. He made another effort to force a passage southwards at Medyn; but here also he was repelled, and forced to abandon the attempt.

 J. G. Lockhart

 彼はまたメデインに於て南方に血路を開かうとしたが、此處でも撃退されて、其企圖を放棄するの已むなきに至つた。

24. They marched across the streets, forcing their way roughly through the crowd, and pricking the towns-people with their bayonets.

 N. Hawthorne

 彼等は手荒く群衆の中を搔き分け、市民を銃劍の先に掛けながら、街路を横切つて進んで行つた。

25. Then the English forced their way there, seized upon the colonies of both Dutch and Portuguese, and have ever since held possession.

 四二 海兵

 それから英人は其處に侵入し、和蘭人と葡萄牙人の植民地を奪ひ、爾來今日に至るまで之を領有せり。

 have held possession 占領した。

26. The result of this terrible day was, that Buonaparte withdrew his troops and abandoned all hope of forcing his way through the Russians.

 J. G. Lockhart

 此激戰の結果は奈翁が軍を引き揚げ、露軍を突破する望を絶つに至つた。

 terrible day 激戰。

27. Our whole lives are at stake on this. I fyou come home with me all will be well. If you force your way into the cottage, all is over between us.

 C. Doyle

 我々の生命は皆此事に懸つて居る。若しおまへがおれと一しよに内に來れば何事もないが、若しおまへが強いてあの小舎に入るならば、お前とわしとの仲はこれでお仕舞だ。

 are at stake on にかゝつて居る(この事の如何に依りて生死がきまる)。all is over between us 「二人の間は之でおしまひ」とは絶好だの意。

28. He then attempted to convey his men by night across the York River, with the intention of forcing his way through the French lines at the opposite point, and hastening to join Clinton at New York.

 G. P. Quackenbos

 彼は次に對岸に於ける佛軍を突破し、急いで紐育に於けるクリントンの軍に投ぜんとの考をもつて、夜に乗じヨーク河を越へて軍を移さうとした。

――――――

29. A few fought their way through the British, and reached the American lines.

 G. P. Quackinbos

 數名の者は戰ひながら英軍の中を通つて米軍の戰線に達した。

30. There is scarcely a great truth or principle but to fight its way to public recognition in the face of opposition and reproach.

 四三 大阪 高工

 大眞理又は大主義にして遂に世に承認せらるるまでには反對非難を排して戰はねばならない。

 in the face of (=in defiance of) 「を無視して」「を排して」。

31. "Circumstances," says Milton, "have rarely favoured famous men. They have fought their way to triumph through all sorts of opposing obstacles."

 O. S. Marden

 ミルトン曰く「有名なる人々にして境遇の恩惠を蒙れるは稀なり。彼等は有らゆる妨害を排して勝利に到達せるなり」。

32. Nearly every great discovery or invention that has blessed mankind has had to fight its way to recognition, even against the opposition of the most progressive men.

 O. S. Marden

 人類に恩澤を輿へた大發見、大發明は殆ど皆最も進歩せる人々の反對に抵抗してまでも遂には認めらるるに至つたのである。

――――――

33. A man knows what his actual position is if he pays his way, as he goes.

 S. Smiles

 人は負債をせずに暮して行けば、自分の本當の地位と云ふものが分るのである。

34. But the man is not poor who can pay his way, and save something beside.

 S. Smiles

 併し乍ら負債を起さず、其上幾分か貯へる事の出來る人は貧乏ではない。

35. The were quiet people, and they had paid their way honestly up to the present time.

 W. Collins

 彼等はおとなしい人々で今日に至るまで、正直に暮して來た。

Wednesday, January 5, 2022

モス・ハート「エデンの気候」

ちょっと変わったタイトルだが、これはエドガー・ミッテルホルツァーの小説「影が動く」(Shadows Move Among Them) をドラマ化したものだ。モス・ハートは1904年にニューヨークに生まれ、1961年に亡くなるまで劇作家、舞台監督として活躍した。彼の最大のヒット作は「マイ・フェア・レディ」である、と言えば、ああ、あの人かと思い出す人もいるだろう。30年代から50年代にかけて舞台や映画で大活躍した男だ。彼がミッテルホルツァーなんてガイアナ出身の、いわば周辺的な作家の作品を戯曲化していたとは識らなかった。

周辺的な作家とはいえ、私はミッテルホルツァーを高く評価している。彼のサスペンス小説を二冊翻訳したが、これは本当に面白い。が、その核心部分にあるものがなにか、まだ判然とはつかめていない。もどかしい作家でもある。

この戯曲、あるいは原作の物語の筋を簡単に紹介する。ハームストン牧師はもともとはイギリス人だが、家族とともにガイアナのジャングルの中に移り住み、そのあたりの現地の人たちをまとめて、小さなコミュニティーをつくっていた。そこで現地の人に西洋の文化を教え、自由を貴び、大らかに性を楽しむ、ユートピア的な世界を造り上げようとしていた。しかしすぐにわかるのだが、彼は規律を破る者にはひどくサディスティックな罰を与える。このあたりは過去のファナティックな宗教的指導者を思い起こさせる。

さて、このコミュニティーに牧師の甥であるグレゴリーがやってくる。彼は戦争に従軍して精神を病み、さらに妻を殺したような気持ちになっている(実際に殺したのかどうかは、よくわからない書き方となっている)。彼はそんな自分を癒やすために文明を離れ、ハームストン牧師のコミュニティーに加わる。牧師の家族(とりわけ二人の若い娘)と付き合いながら、彼は元気を取り戻していくのだが、その過程は牧師の家族にも大きな変化をもたらす。

一読してこれはかなり複雑な物語である。まず文明と野蛮の対立がある。グレゴリーは都会の出身で、牧師の住む世界はジャングルの中だ。しかし牧師の作るコミュニティーの人々は高い教養とすぐれた芸術的感性を備えている。ある意味では牧師のコミュニティーのほうが人間的でもある。

次に意識と無意識の対立がある。グレゴリーはときに我を忘れて妻に対する憎悪をあらわに表出する。そして牧師の娘の一人を妻と勘違いして彼女を殺そうとする。彼は自分の心の奥にある異常な衝動に気づき、コミュニティーを出ようとまで考える。

さらに現在と過去の対立も見られる。ジャングルの中の人々にとって過去は終わったことではない。ガイアナの過酷な奴隷制度と血塗られた反乱の記憶は今に至るも残っており、不思議な形で彼らに取り憑いているのだ。

そして少女と成熟した女の対立もある。牧師には二人の娘がいるのだが、彼らはグレゴリーに恋をし、一人は彼と結ばれ、もう一人は失恋を通じて大人の女へと変貌していくのだ。

さまざまな側面を持つ物語だが、決してばらばらの主題を無理にまとめあげた印象はない。ジャングルの謎めいた生命力と、この土地独特の奇怪な迷信を背景に、すべての事件が夢幻的に進行していく。

ミッテルホルツァーの核心をわたしはまだ掴めていない。ただ対立物が入り組み合い、交錯するこの作品を読みながら、ラカンの「現実はファンタジーのように構成されている」という洞察がヒントを与えてくれそうな気がした。

Sunday, January 2, 2022

フランク・ケイン「リズ」

フランク・ケインはジョニー・リッデルを主人公にしたシリーズで有名だが、これは単独に書かれた作品だ。

リズは強烈に男の目を惹くグラマラスな女性だ。しかし同時に頭も切れる。すばやい判断力や行動力には驚くべきものがある。彼女の出自はよくわからない。物語はいきなり彼女が牢屋に入れられている場面からはじまる。とくに罪を犯したわけではないのだが、警察署長が彼女に色目を向け、いい加減な理由をつけて彼女を監禁し、乱暴を働こうとしたらしい。リズはわざと署長に好きなようにさせ、隙を見て拳銃を取り上げ、彼を殺害する。この出だしでリズのキャラクターが確立される。性的な魅力を発散し、胆力があり、抜け目がない、闇の世界の女。


リズは脱獄したあと、場末のバーでウエイトレスになり、そこでチンケなやくざと知り合う。リズは彼をたきつけ強盗殺人を犯させるのだが、冷静さを失ったやくざ者は警察の包囲網を脱出しようとして命を失う。

リズはその後も男をつくり、その男を死においやりながら、徐々に暗黒社会でのしあがっていく。

本書はマイナーな作品ながらも作者ケインの優れた資質をよくあらわしていると思う。リズは決して男によって所有されることのない、崇高なる欲望の対象である。リズを所有しようとする男は破滅する運命にあり、リズが所有されるときは彼女が死ぬ瞬間である。リズがとうとう恋に落ち、とある男に「所有」されることを望むと、その男は殺害されてしまう。そういうファム・ファタール特有の磁場を帯びた存在としてリズは一貫して描かれている。彼女は何度も服を引き裂かれ、その蠱惑的な肉体が描写されるが、これは単なるエロチックなスリラーではない。この作品の背後には強固な観念が潜んでいる。その観念性が非常に良かった。

ただわたしはこの作品をビーコン・ブック(Beacon Book)で読んだのだが、この版はおそろしく誤植が多い。ろくに校正もしていないのだろう。それだけが残念なところだ。

関口存男「新ドイツ語大講座 下」(2)

§2. Der ? ach, dem traut ja keiner. あいつか?へん、あんなやつに誰が信用するものか。 trauen : 信用する。 ja : (文の勢いを強めるための助辞)  前項のは名詞に冠したものでしたが、こんどは名詞を省いたもの...